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 秀乃は小学生の頃、学校の兎を殺した。

 生まれながらに遊廓の当主と定められた運命を受け入れることが出来なかった幼い頃。同級生と違い、将来の夢を描く自由は無く、既に決定されている身の上に酷くムカついていた。

 そんなある日、何となく兎達を殺してみた……楽しかったから、多少は憂鬱も晴れた……でもバレた……白昼に堂々と殺ったから。目撃した女教師には金を与えて黙らせたので、何事も無く済んだけれど。

(俺はきっと健次くんと仲良くなれるよ……そんな気がするんだ……)

 彼には自分と同じ匂いも感じる。これは運命の出逢いだ、そうに違いない。

 秀乃の目線の先には、体育倉庫の裏、煙草を吸う健次がいる。煙をくゆらせたまま、健次は死にかけの蝉を踏みつぶした。それだけに留まらず、わざわざしゃがみこんで羽根の残骸にライターを添わせる。

 焦げ付いて、燃え朽ちる命。

「性格悪い。陰湿だなー」

 秀乃はクスクスと笑った。健次は無視し、歩き去ろうとする。

「健次くん、機嫌悪いの? 最近何かあったのか?」
「うるせえ」
「俺で良ければ相談に乗るよ!」

 話しかけると、秀乃の目には吸い殻が近づけられた。眼鏡のレンズに押し付けられてしまう。

「……怖いことするな、俺は親切で言ってるのに……」
「黙れ。俺をつけ回すな」

 レンズ越しに灯を感じながらも、秀乃はまばたきをしない。健次は仏頂面をして、煙草を側溝に弾いた。そして今度こそ去ってしまう。

 冷たくあしらわれた秀乃だが、気持ちが折れることはない。もうすぐ『映像集』が見れると思えば、現実の健次に蔑まれても平気だ。

 相沢壮一は、健次に調教や暴行を与えるシーンを撮影し、記録として残しているのだという。

 それを娼妓から聞いて知った秀乃は、遊廓に来ていた壮一に「見せてもらえないだろうか」と頼んだ。壮一は快諾してくれ、コピーディスクを譲るとまで言ってくれた。秀乃の心はときめく。

 犯される健次は一体どんな顔をしているのだろう。普段とは違う、彼の顔を知れるに違いない。どんなふうにペニスを咥えるのか? 喘ぐ声は? 性感帯は?
 ……早く見たい……楽しみでたまらない。

「健次くんから目が離せなくなるばかりだよ、俺は………!」

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 夕刻の縁側に並んで座り、膝の上にノートを広げて話す秀乃と克己。さながら二人の姿はきょうだいのようでもあった。

「ここはね、克己、2が繰り上がるだろ……」
「あ、本当です!」
「だから答えは……もう解るよな」
「28ですか…?」

 正解、と秀乃が言うと、克己は嬉しそうに笑顔を輝かせる。克己は勉強好きな子供だった。

「秀乃様、此処にいらっしゃいましたか」

 縁側に近づいてくる従業員。二人は振り返る。

「何だ? 俺は今算数教えて……」
「相沢様がいらっしゃいました。秀乃様と約束した『例のモノ』を持って来たと──」
「!! そうか!」

 まだ四季彩は営業時間ではなく、開店前だ。壮一は秀乃に渡す為に、早く来てくれたのだろう。

「克巳。悪いな、今日は終わりだ」
「あ、はいっ……!ありがとうございました!」

 頭を下げる克己を背に、ロビーへと向かい歩き出す秀乃。表情は無意識のうちに緩んでしまう……スキップしたい気分だったが、人に見られたらおかしく思われるので、なんとかこらえる。

「やぁやぁ、若旦那様。持って来ましたよ」
 
 ロビーのソファに腰掛けていた壮一は、秀乃を見ると立ち上がった。いつもながらきちんとした和服姿であり威厳も漂う。ただ、彼の表情や笑い声は品格が無いのだったが。

「何たって愚息ですから、若旦那のお気に召すかは分かりませんがなァ」

 壮一が手でポンポンと叩くのは、傍らのテーブルに置かれた大きく黒い箱。もしかして、この箱にディスクが詰まっているのだろうか? 想像を超える量だ……秀乃は嬉しさのあまり身震いを覚える。

「ありがとうございます、相沢さん! こりゃあ良い、夏休みは退屈せずに済みそうだ」
「ハッハッハ、若旦那の頼みとあれば、断れませんよ」

 懐から扇子を取りだしてあおぐ壮一の姿は、秀乃の目にはもう映らない。目の前の『宝の山』に釘付けだ。

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 映像の中、レイプと虐待に傷ついた幼児は蹲り、自らの肩を抱いて震えている。小刻みに痙攣する指は食い込むほどに強く肌を掴み、カチカチと歯まで鳴らしていた。カメラに向けているのは素肌の背中で、殴打を浴びた残酷な傷が鮮やかだ。

『健次クン』

 名を呼ばれれば、身体は派手にビクツク。

『隅っこで何しとる。こっちに来て、おじさん達とエッチの続きだ』

 撮影者は、部屋の隅の健次に近づいていく。健次は膝に埋めた頭をますます、嫌々と振った。

『くるな……、さわるな……!』
『駄目駄目、泣き言は許さんよ、はっはは……』
『いやだぁあッ……!!』

 無理やりに腕を引っぱられ、引きずられていく健次の声は掠れていた。カメラに映る表情は泣きべそをかいている。なおも逆らおうともがく少年の頬は遠慮なくぶたれ、何発か食らうと啜り泣きが漏れはじめた。

「カーワイイ。こんな頃もあったんだ、健次君!」

 群がる男達の中に放り出され、犯されてゆく姿を眺めながら秀乃は口元を緩めた。微笑ましく観賞する。

『ヒイッ! アァアッ、アァああ──!!!』

 傷つき拡がった肛門に突き立てられ、小さな身体は軋む。遠慮なしに穿たれる度、余程激痛いのだろう──こだまする絶叫。その唇にも肉棒は挿れられてしまう。

 健次は失神すら許されず、気を失えば冷水を浴びせられたり、更なる暴力を振るわれる。強制的に意識を戻され、永遠に虐待を味わうことを余儀なくされていた。

 どの場面でも、そうだ。様々な責め苦を与えられ、いつも血と男達の笑い声が溢れている。陵辱のオンパレード。

「可哀相に……拷問で育てられてきたんだね」

 秀乃は観賞を続ける。

 次第に成長する健次……涙を零すことはなくなり、体つきも鍛えられてゆく。瞳には鋭さが生まれはじめた。

 そして、何をされても耐えきる。拘束され吊られても、全裸で庭を引き回されても、大勢に囲まれて大便を漏らさせられても、頻繁に剃毛されていても。

 鞭で打たれて罵倒され

 襦袢を着せられて女扱いされ 

 精液の水たまりに顔を押し付けられ

 踏みつけられ、強姦されつづけ

 時にはカメラの前で自慰を強要され

 また時にはフィストまでされる場面もある

 それなのに……食いしばって耐える姿

(どうして我慢するんだろう? 健次君らしくないじゃないか……)

 逆らえない理由があるのだろうか。秀乃は思案しながら映像を見続ける。

 最近の虐待を映した映像など表情は血走り、今にも鎖を噛み切りそうな獣の如くだ。瞳の中、焔のように負の感情が燃えたぎっている。

「……いい顔だな。憎いんだ、辛いんだね? 怒りで壊れそうなんだね……?」

 白濁に塗れる表情からは、憎悪、怨み、呪い、悲しみ──様々に渦巻く感情が読み取れた。

(まるで芸術品だ。怒りの瞳……綺麗だよ。素敵だ……健次君……!)