狂気の焔

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「ッっ、ハァッ……。アァ……!」

 意識していなくとも、この唇からは媚息が漏れる。それが健次には不愉快だった。けれど押し殺すことも出来なくて、自然に零れてしまう。

「アッ、アッ、アアッ、アッ、アァぁ……」

 壮一の肉棒が根本まで嵌まると、走るのは内臓を突かれるような鋭い痛み。必死に耐えている事実が我ながらブザマに思え、畳に手をつきながらも表情を歪めた。

 大嫌いだ。

 抗えない自分も、自分を犯すこの男も。

(何で……俺は……、こんなヤツに……)

 犯されなければならない。分からない。抜き差しされる度に溢れる憎悪と不快感と怒り。アタマの中が破裂しそうだった、込み上げる殺意で。

「お前はケツの締まりだけは上等だなァ、キスもおしゃぶりも下手糞ときたが」
「うるせ……、し…ね……」
「ほう、死ねと言ったか」
「ン!」

 強く腰を掴まれる。同時に激しく穿たれた。

「立場を忘れたか、健次。儂にそんな物言いは許されんぞ?」
「ぐッ……!」

 ずっぷりと埋められたままグリグリと動かされると、増幅する痛み。今夜もろくに慣らしてもらえないままに挿入されたため、ナカが切れてしまったらしい。

「春江のことが好きなんだろう、なぁ、健次」
「……クソ野郎……」
「どうせ昨日もイチャイチャしとったんだろ、儂が留守だとすぅぐお前らは。春江も大変だ、親子のチンポ両方くわえてなぁ、うわっはっは!」

 壮一は結合を剥がし、健次を蹴りつけた。シーツの上に健次は倒れる。

(……カスだ、コイツは……人間のクズだ……!)

 壮一はニタニタ笑いながらペニスを扱く。出血に汚れたイチモツを擦る姿は、醜さしかない。

(嘘だろ……、こんなヤツの息子だなんて……)

 同じ血が流れる事実には怒りを超え、絶望を感じた。
 
 健次は目をとじる。

 昨夜の祭で嬉しそうに微笑んだ、浴衣姿の春江が浮かぶ……

(春江……、春江……!!)

 叫びたかった。幼い頃は実際に悲鳴を上げていた。助けてくれと懇願したこともある。けれど無駄だ。涙は却って、余計に壮一らの加虐心を悦ばすだけ。

「よぅし浴びせるぞぉ! 嬉しいだろぅ!!」
「………!」

 まき散らされる白濁は、宣言通り顔にも迸った。

「どうだ、美味いかァ、美味いなぁ!?」

 髪を引っ張られて身体を起こされ、強引に口に含まされる。血の味と精液の味が容赦なくうねった。当然のように喉奥にも突っ込まれ、不快感はとめどない。

 顔中をザーメンで滴らせ、父親のモノをしゃぶらされていると何のために生まれてきたのだろうかと思う、いつも。こんな風におもちゃにされるために生み出されたのだろうか。再び固さを取り戻しつつある男根……噛み切れたらどんなに良いだろう。

 殺シタイ……!

「また歯が当たってるぞぉ、どうしようもないガラクタだな、お前は!」

 勃起したペニスを引き抜くと、壮一は健次の頬を殴りつけた。容赦の無い一撃には慣れている。

「役立たずがぁ、使い道はケツ穴だけだ、まったく。ほぅら父さんの上にまたがりなさい、はっはっはぁ」

 健次は口許を拭うと、従った。強引に犯されるのも嫌だが、こうして自ら動くのも抵抗感はとてつもない。

 腰を落とし、肛門に当てがい、気色悪さと激痛を受け入れる。
 
 ──地獄だ。

 春江を想う気持ちもまた監獄に変わる。逃れることが出来ない。

 笑いながら突き上げる父親の顔を見下ろし、健次の中では今すぐに殴り殺したいという本能と、それを咎める理性が割れそうに戦う。

 今夜も健次は、壮一の首を締めそうになる手を握りしめて迷い続けた。

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 今、健次は強姦されているだろう。
 知りながらも、助けることはできない──春江の胸は張り裂けそうに痛む。

 何も手に付かず、台所の作業机に塞ぎ込む。

 健次のことを愛している。けれども、美砂子の存在を封印したい。二つの強い念は春江の中でゆらめき続け、答えは出ないまま。

 せめて出来ることは『早く終わりますように』と祈るだけ。

 手を合わせていると、足音が聞こえてきた。壮一のものだ。弾かれるように春江は顔を上げる。

「旦那さま……」

 のれんを捲り、春江を見て壮一は笑う。雑な着物の纏い方は、行為後だということを彷彿とさせた。

「ふっははは、今日も存分に愉しんだぞ、ぶっかけてもやったし、中だしも2発だ。健次のやつ孕んじまうかもなぁ、はっはっはっ!」
「……」
「相変わらずイイ締まりしとる。お前のまんこより名器かもしれんわ。こう、きつく絡みついてきおって」

 壮一はわざとらしく、しつこく今宵の感想を話す。もちろん、春江を傷つける為だ。この男はどこまでも性根が悪いのである。

 じっくり語ったあと、やっと浴場に向かってくれた。廊下の彼方に消えたのを見送り、春江は駆け出す。

 健次の元へ。

 中庭に飛びだし、一心不乱に離れを目指した。裾が乱れるのも厭わない。草履が脱げると、それを掴んで足袋のままで地面を走る。

 もはや、泣き出しそうな心地だった。

「健次さまッ!!」 
 
 たどり着いて障子を開ければ、内部は薄闇。漂う、濃厚な性行為を思わせる、汗と精液の匂い。健次はというとその闇の中で裸身に浴衣を羽織り、ただ、布団に座り込んでいた。

「…あぁ……!!」

 どんな言葉を掛けていいのかも分からず、春江は表情を悲痛に染め、這いずって近づく。

 けれども、伸ばした腕は乱暴に振り払われてしまう。

「寄るな」

 冷たく拒絶される。健次の瞳はあまりにも鋭く、暗く、負の感情に満ちていた。
 怒り、憎悪、苦痛──
 
「きゃぁッ!」
「キサマのせいだ、お前のせいで俺は……!」
「……!!」

 次の瞬間に押し倒され、首に掛けられる手。呼吸は即座に圧迫されて苦しくなった。そうされながらも春江は逆らわない。健次に殺されるのなら本望。それだけの理由も罪もある。当然の報いだ。

「お前のせいで……ケツを掘られて、虐待されて……ガキの頃からずっとだ……!! ……俺の気持ちが、お前に分かるか……!?」
「……、ごめ……、な……」
「ハハハハハ!! 死ね……!!」

 ぎりぎりと締められると、自然に涙が零れた。

 健次の手で、死ねるのなら幸せ。

(ごめんなさい。私は罪深い女です、あなたの妹を産んで、それを隠したいがためにあなたを傷つけ続けて。でも私は……あなたを愛しています……)

「畜生がぁッッッ!!!!!」

 だが、健次は春江を絞めきれない。絶叫の後で解放され、春江はゲホゲホと派手に噎せた。白いシーツに唾と涙が散る。

「…お前を消せば楽になれるのに……!! 俺は、俺は……!」
 
 頭を抱え込み、健次は蹲った。

「春江は……特別すぎる……!! 他とは、違いすぎる……お前のせいで俺は……!」

 春江は泣き濡れながら、嗚咽の中で身体を起こす。健次の両肩を抱き、背中に頬を寄せた。健次は震えている。体温も熱い。

「健次さま、ごめんなさい。本当にごめんなさい……!」
「…うるさい、黙れ……」
「健次さ……」
「黙れ!!」

 また、振り払われてしまった。春江の胸は言い様のない悲しさに侵食されていく。

 愛し合えば愛し合うほどに苦しくなるばかりだ。かといって、美砂子のことを晒されても良いという思いにはなれない。それどころか、美砂子のことをいちばん知られたくない存在こそが健次である。

(ああ、私はどうすれば……、どうすれば……?!)

 滲む視界の中、健次の背を見つめつつ余計に泣いてしまう。

 今のままでは、救われる手段が見つからない……奈落に落ちてゆく。二人で壊れてゆくだけ。

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 新月の暗い夜更けに、健次は家を出た。家族はいつもの様にジョギングだと思っているだろう。確かに、走りもする。けれど普段とは目的が違う。

 高架下にたどり着くと、コンクリートの柱にもたれて身をひそめた。黒いジャージにスニーカー姿の健次は、闇と同化する。瞳だけを静かに光らせていた。

「そうそう、そこであいつがさー……!」

 しばらくすると、人通りのない道に話し声が響いてくる。携帯電話を使う若者は酒に酔っているようで、陽気な口調だ。

 健次は壁から、ゆっくりと背を離した。

「じゃあな、また明日──!」

 電話を切る動作に、影が覆い被さる。

「!!!?」

 健次は背後から男を蹴り上げた。男は何が起こったのか分からないままにアスファルトに崩れる。電話は脇に茂る草むらに跳ねた。

 容赦ない暴力を振るわれて、男の悲鳴は途切れ、いつしか死体のように静かになる。そうなっても、健次は殴打をやめない。最後には彼の身体も雑草の中へと放り捨てた。

「ハハハハ……!!」

 健次は笑いつつ、草むらを見下ろす。ひょっとしたら殺してしまったかも知れない。けれどそんなこと、健次にはどうでもいいことだ。この鬱憤が晴らせればそれでいい、可哀相などとは思わない。

 死ぬのは、弱いからだ。強ければ死なずに済む。だから俺は、地獄の虐待に晒されても此処に生きている。

(親父を殺せば、もっと心が晴れる、楽になれる、俺も春江も解放されるのに……)

 殺したくて殺せなくて迷っているのは、気まぐれに与えられた優しさに縋り付いているからだ。数度だけ父親らしい顔を見せられたことがある。それよりも遙かに多くの傷を与えられているというのに、幾度かの優しさは孤独な健次を迷わせた。

(殺すしかない、それしか方法がねえ。分かり切ってんだろうが)

 生温い風に撫でられ、健次は暗闇を歩き出した。頭が狂ってしまうか、殺してしまうか、どちらかの未来しか見えない──夏の夜。