白日

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「何も無かったか?」
「ええ……」
「それならいい」

 狭い箱の中でセイは声を聞いた。男女の会話だ。身を潜ませている此処からではくぐもって聞こえるが、セイを攫った男と、もうひとりは知らない女の人の声だと分かる。
 
 いつまでこのキツすぎる体勢で居なければいけないのか、今度は何処に運ばれていくのか、暗闇の中で不安だけが増す。
 自分の命は男に握られているのだ。セイは三日目にしてやっとそのことを理解しはじめていた。

 ほどなくしてスーツケースのファスナーが開けられると、眩しい。
 割り開かれるように広がる外の世界は、真っ白な壁の綺麗な部屋だ。

「……わあ……ぁ……?」

 セイは陽光に目を細めてから、辺りを見回す。先程まで閉じこめられていた部屋とはまったく違う。モデルルームか、ホテルのように綺麗な一室。最小限のものしか家具は置かれていないが、どれも洗練されている。

「あら、まぁ……今回のお品は、ずいぶんと可愛らしいのですね」

 和服の女が、そう言った。スーツケースを開けた健次を少し離れたところから見ている。

「趣味か?」
「ちがいます。健次さまったら……」
「飽きるまで嬲ってやっていい」
「ご遠慮、しておきます」

 柔らかな微笑を零す女は、健次、と呼んだ。

(このひと、ケンジっていうんだ)

 健次に抱き上げられながら、セイは思った。
 セイが、誘拐した男の名を知った瞬間だ。

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 運ばれた先は浴室。他の部屋と同じく清潔で白く、綺麗な空間だ。セイが母親と暮らしていたマンションのバスルームよりも広い。

「此処で静かにしてろ」

 健次は粗末な毛布も放り投げてきた。セイと一緒にスーツケースに詰められてきた布切れは、窓からの陽光できらきら光るタイルの上では一層汚らしく見える。

 閉められる扉。……このドアは外から鍵をかけることは出来ない。
 しかし、もう、今のセイには反抗する気も逃げる気も失せている。
 健次という男に逆らう意思は削がれていた。

 従順になったセイは、独りきりになった浴室で毛布を被り、膝を抱えて座る。
 あの埃っぽく、臭い、ブルーシートの部屋と随分変わった環境。
 見上げる窓は青く空を映している。エレベーターに乗ったことは理解っているし、浴室に運ばれるまでに見た窓からの景色で高層にいるということも把握した。

 逃げられるはずがない。
 出来るのは、ただ、健次に言われた通りにするだけ。
 大人しく待っていることだけ。

 うつむいていると、ふとした記憶が蘇った。それは母の記憶。
 二人でご飯を食べているとき……夕食時、母の作ったシチューを前に……なにかの会話の際、母はポツリと漏らした。

『ママにはお兄ちゃんがいるの。健次お兄ちゃん。いちども、話したことはないんだけれど……』

 子どものセイにはよく分からないけれど、母の家庭の事情はずいぶんと複雑ということは知っている。
 
(おかあさんのお兄ちゃんと……おなじ名前なんだー……、ケンジ、さん……)

 セイは心の中で男の名を紡いだ。
 加害者の筈なのに、怖いはずなのに、少しだけ親近感が沸いた。

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 じっと座っていると、身体の奥で熱が込みあげる。

 突然にこの場所に運ばれるまで、セイは遊んでいた。
 健次に手渡された『男根の形をしたモノ』それを尻穴にハメて、抜き差しして、寄せて返す悦楽の波に恍惚を感じていた。

 アノ感触が欲しい。ぶり返す欲求。肛門が疼く。
 膝を抱えて座りながらもセイは身震いした。
 いつのまにか頬が熱い。微熱のようにぼおっとしてしまう……

(おれ、なにかんがえてるの? またお尻さわりたいって……おもっちゃう……)

 健次によって強引に蹂躙された後孔は腫れあがり、傷ついている。ヒリヒリとした痛みは腸壁にも及び、洗面桶に大便をひり出したとき、当然のように痛かった。
 
 それなのに。

 擬似の男根を挿入して擦っていたら、湧いたのは愉悦。
 心地良かった。痛痒さが気持ちよさに変わった。セイは夢中になって抜き差しし、そうしているとペニスも勃って、セイの動作に伴って揺れて。

(あ……、ぁ……、おれ……!)

 また愉しみたい。感じたい。セイは毛布の中、性器に手を伸ばす。……勃起している。
 確かめるように握りしめてから、ゆっくりと擦りはじめた。
 気持ち良さが生まれる。男女の交わりも知らなかった、性的なことなど何も知らなかったセイはもういない。無垢な少年は自慰を覚え、顔を赤らめながらもまだ不慣れな手つきで、小さな可愛らしい性器を弄る。
 
(きもちぃ……よぉ……、あッ、いたいのもいぃ……!)

 キツク握りしめれば痛いのに、それにも感じるどうしようもないセイだ。
 表情を歪め、吐息を漏らす。はだけた毛布から覗いた両胸の尖りは屹立を示し、色づいていた。
 擦りつづける幼茎からは透明な蜜も零れ、セイの快感を表している。

 セイの指が尻穴に伸びるのは自然な流れだった。

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「あ……、あ……ッ、うぅ……」

 ペニスを握りしめながら、もう片方の手で腫れた蕾に触れる。
 垂れ零れる蜜を得て、指先はぬるりと挿入った。その瞬間にセイは唇を大きく開き、声にならない悲鳴を漏らした。

(はいっちゃう……おれ……、これぇ、すきぃ……)

 性器を扱くことよりも、こちらを弄るほうが好きになれそうだ。孔を拡げ、自分の中をいっぱいにしてゆく充溢感がいい。二本の指を含め、適当に動かしてみれば痛みも走ったが、興奮と快感のほうが上回る。なにかいけないことをしているみたい、という背徳感も何とも言えずいい。
 セイの心をゾクゾクとさせる。

「あっ、ぁん、うぁふ、あ」

 静かにしていないと駄目だとは分かっている。それなのに声が漏れてしまう。
 セイは毛布を噛むことにした。止まらない喘ぎを殺す。

(すご……ぉぃ、ぬれちゃう、お、れのからだ、どうなってるのぅ……? きもちーぃ……ッっ……)

 夢中で掻き回していると尻穴からも、尿道孔からも、滲む雫が止まらない。
 セイは体液に汚れながらも、自慰を続ける。誰に教えられたわけでもないアナルオナニーを、真っ赤に染めた顔で、裸身を汗ばませて行う。

 こんな快感知ってしまえば、もう、知らなかった頃のセイには戻れない。

 健次に与えられていた擬似の男根も欲しくなる。ブルーシートの部屋に落としてきてしまった、あの物体。自分の指では足らない。もっといっぱいに拡げられたいし、奥深くまで満たされたい。

 何度も観たいやらしい映像のように、本物の肉棒も欲しくなった。
 ……相手は、もちろん、健次でもいい。
 健次との行為は思いだすだけで激痛い。怖かった、けれど。
 興奮のなかで今、セイは健次に押し倒されて蹂躙された時間が懐かしくなる。

 大人しくしていたら、反抗しなかったら、また挿れてもらえるのだろうか……?
 垂らしたカウパー液を指にすくって唇に運び、うっとりと舐めながら、セイは思った。