開宴

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 港を離れ、パーティーは幕開ける。
 古くは遊郭を経営し、現代でも性ビジネスを行う越前谷家の擁する組織“FUCKER FAMILY”の主催する闇オークションが──

 船内の広間を埋めつくすのは、資産家、企業主、政治家、著名人、それらの代理人、性的な仕事に従事させる商品を買いつけにきている同業者など。
 薄暗く保たれた空間、供される酒類には少年少女の生き血を混ぜたものもある。珍味と称し、人肉や臓物を用いた料理もある。
 そんなオードブルも、人間の上に盛りつけられていた。越前谷家の飼育している奴隷を皿に使っている。狂った宴だ。

 舞台では、進行していく競りの合間にちょっとした余興も行われ、そのうちのひとつが組織の役員が飼育している奴隷、祥衛と大貴のショウだった。ちなみに祥衛はあの調教師・怜のペットである。

 大勢の前で大貴は女王の真似事をし、祥衛に鞭を打つ。
 拘束された祥衛の、切実な悲鳴。それは廊下を素通りする健次にも届く。
 興味がないから見る気も起きない。乗船してから、広間に足を踏みいれてもいない。
 今頃克己は組織の擁する高級男娼として、客たちのあいだをまわり、媚を売っているのだろう。SMショウに興じている少年たちもそうだ。舞台が終わればそれぞれ一夜を買われるに違いない。

(くだらねェな…………)

 健次はデッキに上がった。潮風が髪を撫でる。甲板には誰もいない。
 黒い海の彼方に、陸のネオンが望めた。
 ……悪くない光景だ。

 手すりに腕をついて、煙草を咥える。風のせいで火がつきにくかった。
 やっと立ち昇る紫煙をくゆらせ、吐息を零す。
 頬に刺さる空気は冷たい。

「……あら……?」

 響く高いヒールの音のあとで、人の気配がした。振りむかなくとも、健次には相手がだれか分かる。

「先客がいらっしゃったのね」

 上品な話し方をするその女は、組織では“JACK”の名を貰っている。
 大貴の飼い主でもある、SMの女王だ。

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「めずらしいのね、貴方が、表舞台に現れるなんて……」

 薫子はそばに歩みよってきた。健次は見向きもしない。月光の下、病的なほどに白い肌をしている整った顔だちが隣に来る。ツインテールに、装いはゴシックロリィタ。纏うものはすべて黒色だ。

「今宵はほんの少しだけ。いつもと違うわ。克己君の様子もおかしかったもの」
「……そうか──」
「あの子は何? 貴方の攫った、大きな瞳の小柄な男の子」
「俺が聞きてぇよ」

 煙草を手に夜の波間を眺める、健次の本音だ。
 
「特別な子なのね……もうすぐその子の舞台よ」

 一拍置いてから、薫子は尋ねてくる。

「見に行かないの?」

 健次は返事をしない。すると薫子はもういちど唇を開いた。

「エスコートしてくださらないかしら」

 そして唐突に靴を脱ぎ、棄ててしまう。
 黒いヒールの靴はそれぞれがばらばらな方向に円弧を描いて放られた。
 ゴツン、と音がしたので甲板の何処かには落ちたようだが、闇に同化して見えない。

「靴をなくして歩けないわ……困ったこと……」
「……とんでもねえ女だな、相変わらずイカレテやがる」

 健次は吸殻を海にはじいた。そして薫子を抱き上げる。春江よりも軽く、薔薇の香りがした。

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 薫子を抱えて広間に入ると、薄闇だというのに視線が刺さった。健次と薫子は目立つのだろう。即座に噛みついてきたのは大貴で、何処からかすぐに駆け寄ってくる。

「か、か、薫子からはなれろッっ!」
「言われなくとも返品だ」

 健次は、大貴に受け渡した。少年の腕といえど薫子を抱き上げるのに足りる、じゅうぶんな強靭さだ。大貴は心底心配そうな顔をして、ゆっくりと薫子をフロアに立たせた。

「大丈夫っ、薫子っ。ヘンなことされてねーの、ケガとかっ……あ! 靴がねーじゃん!」
「子守りも大変だな」

 薫子にまとわりつく大貴に呆れ、一瞥すると、大貴はキッと睨み返してくる。
 その威勢の良さがあれば飼われる立場から脱せれるのでは、といつも思っている健次だったが、大貴には大貴の事情があるらしい。そもそも、事情がなければこんな組織に飼われて少年男娼などやっていない。

「自分で棄てたのよ」
「そーなの? なんで? 俺、拾ってくる!」

 彼らの会話を背に、歩きだす。健次の視界に映る舞台はいま、濃紅の幕が開くところだ。
 なにごとかとこちらを見ていた客たちも、開幕する場に視線を戻してゆく。

 完全に幕が上がると、神父のスータンを纏った司会者が、おどけた挨拶をはじめる。
 それは広間の人々を笑わせ、和気あいあいとさせる。こんな場でほがらかになれるのだから、狂った宴に集う人々はどこまでも狂っている。

 空気がほぐれたところで「それでは今宵の目玉商品にいきましょう──」と、司会は告げた。

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 商品はキャスターつきの檻に入れられて運ばれてきた。運んできた係員もまた仰々しく黒衣を纏っている。舞台演出は“JACK”の得意とするところだ。

 司会者は、どうぞもっと近くでご鑑賞下さいと客たちにすすめた。人々はこぞって舞台まで歩み寄る。フロアを満たすざわめきはすぐさま嬉々としたものに変わってゆく。期待感にはずむ声。感嘆に震える声。是非買いたい、と早くも高らかに宣言する声。
 さまざまな悦びの感情を健次は聞いた。
 健次自身は間近まで近寄ることなく、円柱にもたれて腕を組む。

(此処で見物させてもらうか)

 誘拐した少年──セイの顛末を。
 どんな地獄に堕とされるか。
 そのはじまりを見届けよう。

 首輪に繋がれた鎖を引かれることで、檻から引きだされるセイ。四つん這いの白い肌はスポットライトに照らされ、健次がつけた傷とアザが鮮やかに目立った。

「この少年は……!」
「おお、愛らしい……」
「見事だ……」

 セイの顔が晒されると、宴はさらにざわつく。前髪を掴まれることで強引に上向けられた顔は、痛みと眩しさに歪んでいる。けれども、整っていた。女の子よりも可愛らしい。大きくまるい瞳、小さな鼻、ふっくらとした唇。

「開口器具やノーズフックでさらに歪ませたいね」
「食いこむ縄が似合うだろう」
「子供のうちに生首にして、フェラ用玩具ってのはどう?」

 セイに向けられるさまざまな言葉。たくさんの視線に囲まれ、両足で立たされるセイは全裸のため、性器もあらわに公開することになる。まだその幼茎は萎えたままだが、いったいいつまでその状態でいられることだろう。

 この淫乱なガキのことだ、どうせすぐに勃起するだろう、と健次は侮蔑した。