落札

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 酔狂な神輿(みこし)がフロアを回っていた。

 担いでいるのは全裸の青年たちで、越前谷家の経営している遊郭の男娼。見事なまでに勃起している者もいれば、半勃起の者もいる。そんな瑣末な差はあれど、彼らがおおむね発情しているのは確かだ。晒すことに対し。

 担がれた平らな板の上、セイは性器を扱いたり、尻穴に挿入してもらったバイブを弄るのに忙しい。
 
 セイをいたぶる役目の終わった大貴と祥衛は、客の座るソファで愛撫やキスを受けている。祥衛はほぼ全裸にされ、かろうじて残ったガーターベルトがまたいやらしい。大貴も性器を露出し、客の好きにさせていた。

 克己は、この場では性的に応じていない。恰幅のいい男たちに囲まれ、優雅なまま談笑している。けれど船を降りれば当然ベッドの相手をするのだろう。

 客同士での乱交も起こっていた。オードブルの皿にしていた少年少女もセックスをさせられている。ドレッシングとソースに汚れた身体で。

 狂った宴だ。健次にはこういった場所を愉しむ趣味はない。どうでもいい。興味がなく、ぼんやりと頭上のライトを眺める。赤い光を落としてくれている。まるで血の色だ。

 そういえば腹が減った。さっさと立ち去って、春江と食事でもしたい。けれど少年の顛末が見たいという気持ちを捨てられず、此処に残っている──

「ケ、ケンジさぁん……」

 賑やかなざわめきにまぎれて届く、か弱い声。
 視線を動かせば、健次の前を通過していく裸のパレード。よく見れば担いでいる青年たちは手足に紐などかすかな装飾品を着けていて、動く度に鈴音を鳴らす。

 彼らに運ばれているセイはぺたんと座りこみ、耳まで真っ赤に染めている。泣きそうな顔だ。

 それなのに。ゴシゴシと、しっかりと、性器を扱き続けている。

 ずっと自慰を続ければ痛いだろうに、その痛みさえもセイには甘美だというのか。

 健次は賞賛すら覚えた。呆れを通り越して。

 克己の言った、性奴隷に堕ちるのは妥当な運命でしょう、という言葉が脳裏に蘇る。
 生まれつきに淫乱だ、セイは。

「あぁあぅ……、ンふ……、あっあッ……!」

 セイと目が合う。健次の冥く冷たい目線と、視線が交差する。滑稽な祭りはすぐに健次の前を通りすぎていった。後ろ姿を眺めながら──完全に堕ちたな、と健次は思う。

 最初からその気(け)はあったが。あの子どもは二度と普通の生活は出来ないだろう。

 自ずから望んでいる。辱めに遭わされることを。

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 パレードが終わって、セイが舞台に戻ると、いよいよ競りがはじまった。

 参加する客たちには、資産家風の老人も入れば、サングラスで顔を隠した婦人もいる。今宵はセイの他にもいくつかの競売が行われたが、目玉商品という謳い文句通り、最も盛況だ。

 神父ははじめ、十万円を提示した。瞬く間に上がっていく値段。舞台上のパネルに表示される金額は、法外なものへと変わってゆく。

(物好きなヤツラだ……)

 健次はただ様子を眺めている。フロアのこの状況は、やっと審判の門が開いた、というところだろう。セイに下される結末の。

 値段を発する大人たちの声が交錯するなか、当の本人・セイは恍惚としている。自分の売買の場だと理解していないのだろう。いまも揉みこむように股間を弄り、うっとりと廃人の呈(てい)だ。

 この淫乱な仔犬は、だれに買われるのだろう。どんな嗜好を持つ変態に。其処でどんな目に遭わされるのだろう。売春用商品となるのか。昼は労働力、夜は性玩具といった身になるのか。このまま全裸で飼育されるとしても──金持ちのペットとして豪奢な絨毯を四つん這いになるのか、不衛生で劣悪な環境のじめじめとしたスラムを引き回されるのかでは、ずいぶんと違う。

 ぼんやりと考えていた健次に、結末はゆっくりと、しかし確実に舞い降りる。

 セイを落札した男に、落札を祝福する拍手が響くなか、見届けた健次はフロアを後にした。

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 甲板で喫煙をして、しばらく時間を潰してから、控室に入った。

 宴の前に克己と座ったソファには、怜と、怜の女が座っている。いつも違うセフレやら奴隷やらを連れている怜は、今日は巻き髪、フェミニンな装いの若い女を伴っていた。ベビーピンクの編みタイツが印象的だ。

「あの商品を落札するヒトは決まってたからね。出来レースだよ」

 怜はシャンパングラスを傾けて、呟いた。

「そういえば……電話で言ってたな。欲しいヤツがいると」

 通りかかった健次は、足を止める。女は酔っているのか、怜に腕を絡ませながらねぇ、このひとだれ、れいくぅん、と舌足らずに甘えている。

「ウン。俺は彼と具体的な契約の話をしてて、商品を迎えに行けなくなったって訳。今回は健次に頼っちゃってゴメンネ。お詫びにこの女」

 あげようか?

 怜は表情を変えないまま女の髪を掴み、床に棄てる。
 あたりまえだが、女は悲鳴をあげた。
 スカートが捲れて下着も晒された姿を見下ろす健次の顔も変わらない。冷たく、ただ一瞬視線を投げただけ。

「いらねえ」
「なんで? 悪い顔じゃないでしょ? ホス狂いだから金の為になんでもするしさ。こないだも黒人さんとAV撮ったんだよね〜。いつもみたいに媚びろよ、このお兄さんお金持ちだよ〜」

 無残な女を笑っている怜を残し、健次は控室から繋がる簡素な階段を下りた。廊下を過ぎると、倉庫がある。

 落札された商品はまたこの部屋に戻され、下船の際に改めて受け渡されたり、後日引き渡されたりと、買い手の事情でそれぞれ引き取られ方が違った。

 セイがどんな風に渡されるのかなんて、健次にはどうでもいいことだ。ただ……倉庫に足が向いた。運びこまれたばかりのセイの檻が、他の檻からは離れてポツンとある。

 健次は檻の前に立つ。黒いスーツのポケットに手を突っこんで。見下ろす。

 セイは鉄格子のなかで幸せそうに横たわり、頬をまだ紅く染めている。吐息も整っていない。

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 どれくらいの時間が流れただろう。数秒だったかも知れないし、数分、あるいはもっと経ったかも知れない。

 セイは健次に気づいた。気だるげな瞼を開いて……横たわったまま微笑む。汗と体液に汚れ、淫行の匂いを立ちのぼらせている姿はもう健次が誘拐した夜のセイとはかけ離れていた。

 立派な淫乱奴隷だ。

 三日足らずのあいだに、ここまで堕ちたのだ。それもこの幼さで。

 末路は廃人だろう。そう長くも生きられないだろう。

 そんな哀れな生き物を、健次は見ていた。

「ケ……ン、ジ……さ……」

 愛らしい唇が動く。セイは身を起こそうと檻のなかで手をついた。けれど力が入らないのか、一度目はズルリとすべって崩れてしまう。生まれたての動物が懸命に起き上がろうとするかのように、セイは必死さを滲ませ、鉄格子を掴む。

「ケ、ンジさん、ケンジさぁんっ……」

 媚びるような瞳だ。健次しか映さずに、小さく震えながら、見上げてくる。

 幼いペニスは驚くべきことにまだ勃起を維持していた。あれほど派手に射精をし、辱めも受けて満足しただろうに。それとも、淫乱なセイに満足など訪れないのだろうか。

「欲しいのか?」

 ぶっきらぼうに、健次は尋ねた。
 セイは強く頷く。何度も首を縦に振った。

「だったら誘ってみろ。俺をその気にさせやがれ」
「ん、あぁあッ、ほしぃよぉ…………!」

 セイは泣きそうな顔をする。どうするのかと思えば、股を開く。すっかり赤く充血した尻穴を健次に見せてきて、服従を表す仔犬のように握った手をそれぞれ顔の横まで持っていく。こういった動作を素でやるから、おそろしい。

 そして身をよじる。おちんちんほしぃ、入れてぇ、入れてくださぁい……、などと切なげに嘆きながら、性器をユサユサ振り、こんなことをして自分でもまた興奮しているのだろう──動作の途中で大きく痙攣もして、そんなときには「あぁッ」と悶える。

 とんでもない子どもだ。健次はもう、こんなセイに驚きもしない。極上のM奴隷をズタズタにしてやろうかと感じるのは、健次のS性癖がさせる当然の欲求だった。