堕天

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 暇潰しの、たわいもない思いつきだった。
 健次は少年の衣服を脱がせる。想像した通り貧弱な身体だ。虚弱というほどではないが、特定の運動をしているといった感じもしない。

 白くなめらかな肌。この身体なら、さぞ高値がつくことだろう。顔立ちも上玉だ。大きな瞳をして女児のように愛らしい。

(毎度驚かされるな。奴等の審美眼には)

 同性愛者でもなければ、小児性愛といった性癖を抱いているわけでもない。そんな健次でも『これは高く売れる』と思わされる。

 ピックアップされた男女を攫うように依頼されることは、今夜が初めてではない。定期的に頼まれる。健次はゲーム感覚でこなす。ただ、今日のような子どもを攫うのはウルサクテ多少面倒くさい。抗う男を殴り倒して拷問したり、女を無残に扱ってやるほうが楽しめる。

(コイツがどんな名前だったか……忘れた)

 捕獲対象の容姿の特色、遭遇地点は暗記しているが、他はどうでもいいので覚えない。
 どうせ一瞬の付きあいだ。
 健次は、様々な手順を踏む中での、誘拐役に過ぎない。

 ……こちらの事情などなにもわからない、いたいけな少年は怯えながら手を横に立っている。

 健気な姿は健次の唇をわずかにゆるめさせた。加虐心をそそられる。もっといたぶってみたくなる。例えば髪を掴んで引き倒したり、暴力を振るったり。こんな子どもなど、仔犬や仔猫を虐めることと大して変わらないだろう。

「歳は幾つだ?」

 居間の椅子に座ったまま、尋ねてみる。少年は震える唇を紡いだ。

「じゅ……じゅっさい……です……」

 フ、と健次は口の端で嗤ってしまう。まさに仔犬だ。

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 窓ガラスを叩く雫の音がする。

 降りはじめた突然の雨。予報では、明日の朝からだったはずだ。

 健次はしばらく闇色の外を眺めてから、ダイニングテーブルに置いていた携帯電話を手に取る。調教役からの連絡は未だにない。ルーズな性格で、定刻に遅れることは時折あった。

「来そうにねぇな。ツラ見たら、殴り飛ばしてやろうか」

 彼に向けての呟きだったのに、目の前の少年がビクリと慄いた。その様子も健次を愉しませる。

「あの……おれ、ど、どうなっちゃうんですか……っ……」
「…………」

 犯されて、売られる。

 善良な主人に購入されるかどうかは少年の運次第だが、その確率は低い。大抵は性家畜としてゴミのように扱われる。檻から出されず、粗末な餌で生かされる動物以下の扱いも珍しくない。

 昼は労働力として使われ、夜は性玩具となる例もあると聞く。海外の男娼窟に飼われて売春させられるケースも存在する。

 どのみち、長くは生きられないだろう。

 二、三年も保たないかも知れない。

 健次は憐憫の情など抱かない。どのような環境に放られても強ければ生き抜き、弱ければ死ぬだけだと思っているからだ。

 自らも過酷な少年時代を生きてきた健次は、俺は生き抜いた、という自負とともに、酷く冷めていた。

 この少年次第なのだ。欠片もない希望を掴み、活路を切り拓くのは。

(……しかし、暇だな……)

 雨音を聞きながら、頬杖をついた健次は改めて少年を見据えた。仔犬や仔猫と変わらないから、暇潰しに本当にいたぶってやるのもいいかも知れない。

 それも、悪くない。

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「うわぁあっ……!」

 蹴り倒してやると悲鳴が漏れた。哀れな少年は裸身でブルーシートに倒れる。健次は冷酷な瞳のまま、ブーツでさらに踏みつけた。手加減はしている。どれほどの苦痛を与えれば骨折するか、出血を起こすか、健次は把握している。

「これ位でわめいてたら、生き残れそうにねえな……」
「やぁああッ、あぐぅ、あ──!」
「だが、良い反応だ」

 腹部、四肢を踏みつける度に少年は愛らしい顔を歪ませ、単語にならない喚きを散らす。
 愛好者には悦ばれる声や表情だろう。

「てめえがイイ顔するから、手足を切り落とそうと思いつく鬼畜もいるかもな」
「?! あ、ぁああッ、うぅ……!」
「手ぬるい野郎に買われるように、せいぜい祈れ」

 健次は少年の腕を掴み、捻りあげる。響き渡るのは「痛い、痛ぁい!」という痛切な叫び。
 捕獲されて数時間の間に、幾つもの傷とアザがついてしまった裸体。また新しいアザが出来た。

 あらわな無毛の性器は当然のように幼く、包皮に覆われて小さい。この幼茎もそう遠くないうちに弄ばれ、改造を受けて今の形を失う。去勢されてメス犬にされるか、刺青やピアスで飾られるか、仕様は買い手次第だ。

 この少年の未来は限りなく暗黒に近い。闇夜よりも。

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 見下ろす健次の目線の先、少年は背中を向けて丸まっていた。健次からの暴力が途切れると、自らを庇うように縮こまった。腹部を守るための合理的な判断ではある。

(ケツ剥き出しにしやがって、警戒心がねえ)

 羞恥心も芽生えていないのか。
 必死で、羞恥を感じる余裕も無いのか……それもあるのかも知れないが、犯される、という行為自体を知らないのだろう。

 ──知っていれば、肛門を無防備に向けることはしない。腹部だけでなく『そこ』も守ろうとするはずだ。

 少年はまだ、尻穴が焼き切れる激痛も、内臓を抉られる恐怖も、好き勝手に蹂躙される羞恥も、男として扱われない屈辱も経験したことがないのだと健次は思った。

 ブルブルと尻丸出しで震える少年を眺め、健次のドス黒い加虐心は高まってゆく。

 引導を渡してやろうか、と。

 この無垢で汚れを知らない純朴な少年にトラウマを植え付けるのはきっと愉しい。

 初めての激痛に悶え苦しみ、困惑と絶望を味わう姿を見るのは面白そうだ。愉快な戯れになる。

「ふ……くくくく……ッ……」

 精神を歪ませサディストな健次はほくそ笑む。小児性愛者でも、同性愛の気もないが、少年の傷ついた白い背中に欲情できる気がした。

 窓ガラスを叩く雨は酷くなるいっぽうだ。調教役からの連絡もない。

 弄べばいい、と健次の頭のなかで声がする。