監禁

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 組織の調教役・怜から連絡が入ったのは、明け方近くだった。

 少年を残し、工場敷地内を歩く健次の耳元、スマートフォンの向こうで怜がぼやく

『ゴメンネー、健次。もう漏れててさ、その子のこと。欲しいって言うジジイがいるんだよねー』

 足止めを食らっていたのは、他でもない、今宵攫った少年のことで幾人もの顧客から問い合わせがあったからと言う。

 常連客は耳聡い。次はどんな人間を捕獲するか、誘拐前から話が漏れることもあり、すぐに愛好家の間で噂になった。

『急遽、週末のショウに出すことにしたよ。其処でオークションして、商談成立。でさ健次に頼みたいのは、明後日まで、その子の面倒見てくれないかなって』
「ハ? 俺がか……」

 夜明けの薄闇を踏みしめ、少年を攫った車ではなく、普段乗っている黒い愛車へと健次は向かっていた。瓦礫の中に駐車してある、スバルのインプレッサ。

『とりあえず生かしといてくれればイイ。肉便器にどうぞー。……あ〜、やりすぎは駄目だよ、自分で四肢欠損させたいって客はいるからねー』

 ぞっとすることを、怜は平気で話す。健次も表情ひとつ変えずに聞く。こんな会話はありふれていた。

「面倒くせえ。見返りはあるのか?」
『ないけど。エサと水あげればいいだけだから、おねがい。明後日はホント引き取りに行くしさ』
「間違って殺しちまうかもな」

 健次は通話を切りあげ、乗車した。発進する車は、夜明けの郊外を抜けていった。

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 少年の媚肉は絶妙だった。初体験らしいキツさだけでなく、男を誘いこむような滑らかさと柔らかさもあった。これから使い込まれれば、きっと名器に育つだろう。

 喘ぐ表情の悲壮さと艶やかさにも見ごたえがあり、悲鳴も聞きごたえのあるボーイソプラノ。どこまでも可憐で、愛らしく、抱き易く、性玩具にうってつけの肢体をしている。

(……アレは普通のガキじゃねえ)

 シャワーを浴びる健次は、黒髪を掻き上げる。雫は滴り、引き締まった裸身を流れていった。

 瞼を閉じて描くのは少年の乱れる姿。

 ──性調教されるために生まれてきたような玩具だ。

 健次でさえ、煽られるような色気を感じた。愉しませてもらった、感触にも、その色気にも。

(流石だな、愛好家どもは。抱かずして判るか?)

 少年の素質を見抜き、誘拐を指示した組織も。すでに騒いでいるという客たちも。確かに、この頃捕獲した商品の中で最も『当たり』なのは間違いない。

 健次はシャワーのノズルを捻り、水流を止める。

 風呂から上がると、広い脱衣所には着替えやタオルが用意してある。家政婦の仕事だ。何も指示せずとも、健次に仕える春江は、首尾よく支度をしてくれる。

 ドライヤーで髪を乾かし、デニムを履く。シャツも着て、板張りの廊下を歩いていくと朝食のにおいが鼻をくすぐった。焼鮭のこうばしさ、味噌汁の香りもする。

 居間に入れば、卓袱台には玉子焼きやお浸し、漬物なども並んでいて、和服に割烹着を纏った春江が茶碗に米飯を盛っているところだった。

「おはようございます、健次さま」

 春江は健次に微笑み、配膳を済ませる。
 健次が昨夜何をしているかも知っているが、何も口出しはしない。出来た女だった。

 この広い日本家屋には健次と春江しか住んでいない。健次が十年前に家督を継いでから、ずっと二人きりで生活している。

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 健次の父親は、広大な土地を有する大地主だった。
 趣味の執筆が認められ、創作物は新聞に連載される大衆小説から、純文学、官能小説と幅広い。十年前に不幸な火災で命を落とすまで、第一線で活躍した。

 彼の遺産を手にした健次は、二十七の若さで一生食うに困らない。
 不動産管理と投資をしつつ、父親の代からこの家に仕える春江とゆったり暮らしている。

 ……その一方で、人間を攫って調教して売買する等の裏仕事にも手を貸していた。

 指示された者を殺めたり、死体をバラして所有する山に埋めたり、といったこともしてきた。
 
 健次は幼い頃から仔猫を解剖するような、猟奇的な一面も持つ。顔色一つ変えずに人体をノコギリで切断することも平気だし、生きながら肉を削ぐことも愉しめる。

 裏組織の仕事は、健次に向いていた。

「二日、留守にする」

 陽が高くなった頃、玄関で告げると、ついてきていた春江は「はい」と頷く。垂れ目がちな目を伏せ、恭順の意を示している。

「どうか、ご無事で」
「大げさなヤツだ」
「……ごめんなさい」

 頭を下げる春江の肩を抱き寄せた。唇を奪い、すぐに離す。

「行ってくる」

 口づけの後、うやうやしくお辞儀をする春江を残し、引き戸を開けた健次は陽光に晒される。
 昼間の光は苦手だった。眩しさに目を細め、庭を出て駐車場に向かう。

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 日本情緒がよく残っている古都の情景を抜けて、郊外に戻る。
 
 少年を置き去りにしている廃屋までは小一時間ほどで着いた。昼間だというのに当然だがひと気は無い。健次は割れたガラスの欠片や、散乱した廃材をブーツで踏み、敷地内を歩く。

 旧社員寮の一室に入ると、南京錠で封じていた商品置き場を開けた。

 少年は眠っている。

 部屋に放置してあった粗末で薄汚い毛布に包まって。

 健次が無言で蹴ると、目を開けた。昨夜泣いたせいで大きな瞳は赤く潤み、腫れてしまっている。

「生き物の世話は得意じゃねぇ」

 ゴソゴソと身を起こす、全裸に首輪だけの少年を見下ろして呟く。もうすこし詳しく、飼育の仕方を怜に聞いておけばよかったと今更健次は思う。

 とりあえずはエサと水だ。健次は来る途中に寄ってきたコンビニの袋からミネラルウォーターのペットボトルを出すと、まずは自分が飲む。喉を潤すと冷たくて美味しい。

 少年の目線を痛いほど感じ、健次は一度、飲みかけの水を手渡そうとした。少年は嬉しそうに受け取ろうとする。その瞬間にぶちまけた。放り投げたペットボトルは零れ、ブルーシートには水たまりが出来てしまう。

「うわぁあっ……!」

 悲痛な少年の声。そんな表情も健次には笑えてしまう。唇を歪め、少年の頭を押さえた。力づくで水たまりに押しつけてやる。

「きさまはもう人間扱いされねえんだからな。人間の飲み方は早く忘れろ」
「っッうぅー……!!」
「ふ……これからは泥水だろうが血だろうが、小便だろうが啜って生きていくんだ」

 健次が手を離しても、少年は懸命にブルーシートを舐めて水を摂取している。今にも泣きそうな顔をしながらも、生きるために必死な少年に逞しさも感じた。

 愛玩物のような可憐な顔と華奢な身体をしながらも、やはり男児だ。