現実

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 目覚めたセイに芽生えたのは絶望だった──

 男に蹴られて起こされ、痛みが告げる。
 これは現実なのだ、と。
 夢ではなく。
 本当に昨夜誘拐され、この部屋に連れてこられたのだ。

(痛ぁい……!)

 どこもかしこも痛かった。
 痛みのなかで特に際立つのは、いまも後孔を抉られているかのような強烈な違和感。ジンジンとして、尻穴がおかしい。

(どうして、こんなことになっちゃったの……?)

 からからの喉を癒すため、水たまりを舐めていると寝ぼけた意識がしっかりとしてきた──それでハッキリと思いだす、眠りに落ちる前おかしな行為をされたことを。

 信じられないほど怒張した男の性器で貫かれ、串刺しの激痛を味わった。
 繰り返し、繰り返し、セイは揺さぶられ、抜き差しされた。
 
 抉られた内臓。
 
 まるで拷問のようだった時間。

 身を起こしたセイは自らの白い太腿に、血痕がこびりついているのを認識する。
 激しい行為の末に尻穴が傷つき、垂らした滴だ。

「あぁ……あ……ッ」

 記憶がはっきりとするごとに、呆然としてきて、言葉にならない嘆きを零す。

 昨日までの目覚めは、やさしい母に起こされ、ホットミルクを飲んで、焼きたてのトーストを食べていたはず。あたたかな陽光のなかで。

 そして、ランドセルを背負って、学校へと駆けだす。

 そんな朝が突然に失われるなんて、考えたこともなかった。当然のようにずっと続くと思っていた。ありふれた日常。

 寒々とした部屋、痛みを感じ、腹を空かせ、必死で水を舐め取るような現実が訪れるなんて。
 真っ暗な崖の下にいきなりに突き落とされたような心地を、セイは味わう。

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「そうだ、おれ……」

 ハッとしてセイは言う。目の前に立つ男を見上げ、請うように紡いだ。

「おれ、学校いかなきゃ。きょうは作文の発表しないといけないんだよ」
「ハ……」

 男はセイの言葉を耳にすると、くだらなさそうに鼻で笑った。

「まだてめぇの立場が理解ってねえみたいだな」
「!」

 土足のままの男はセイに歩み寄り、セイの黒髪を掴んできた。
 また与えられる痛み。

「学校だ、どうとかは忘れろ。なぁ?」
「え……ヤ……、ヤだよ……っ、ど……してぇ……?」
「さっきも言っただろう、キサマはもう──」
 
 人 間 じ ゃ ね え ん だ ……

 掴みあげられたまま耳元で囁かれた。
 すぐに手を離され、ゴミを捨てるように放り投げられる。水で濡れたシートにセイは転ぶ。

「いい加減、受けいれろ」

(うけ……いれ……る……?)

 倒れたまま、セイの目の前は真っ暗になる。眼を開いているのにもかかわらず。

 ……真っ暗だ。

 死刑宣告をされたようだ。まだ完全に状況は分からないけれど、また、とてつもない絶望を感じたセイは唇を震わせる。言葉が出てこない。セイ自身、何を言いたいのかも分からない。

 ただただ、戦慄を覚える。

「分かったら起きやがれ」

 放心しかかっていたセイは引きずり起こされた。首輪を嵌められ、鎖のリードをつけられていたことを忘れていたが、いま、むざむざと認識させられる。男はリードを引っ張ってセイをたぐり寄せる。

「…………」

 フラフラと立たされたセイは、髪も肌も濡れて滴らせ、刻まれた傷は痛々しく、表情も虚ろ。
 必死で啜っていた水で顔も濡れている。
 おまけに全裸だ。これ以上ない程、セイは哀れな姿に堕ちた。
 たった一夜で。

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 男に放り投げられたコンビニのパンを夢中で食べた。あんぱん一つでは足りなかったが、そんな訴えが出来るはずも無い。空腹を癒せるだけできっとマシだ。

 がっついて平らげると、次はトイレを教えられた。この部屋の片隅に転がっていた洗面器を、男はブーツで蹴って寄越す。薄汚れた汚い桶を、まじまじとセイは見た。

「てめぇのトイレだ。跨ってしろ」

 ……信じがたい言葉だった。また理解が遅れ、ぼおっとしてしまったセイは舌打ちをされる。それでビクリとして、慌てて言われるがまま、洗面器に跨った。
 こんな風に排泄をしたことは生まれてから一度も無く、戸惑う。

 不安や恐怖で尿意など忘れていたが、セイ自身驚くほどすぐにチョロチョロと零れた。

 桶をいくらか満たし、やがて途切れる。

 排泄の間も首輪の鎖は男に握られていた。セイの姿形は人間の少年だが、なされていることはまさしく仔犬などペットに対するものと同等だろう。

「溜まったらお前が捨てに行け。分かったな」

 黙っていると、鎖を引っ張られる。排尿を終えて正座したセイの姿勢はぐらついた。

「返事だ」
「あ……、は、はいぃッ……」
「まぬけな返事だな。もっと歯切れ良く言えねぇのか?」
「は、はい……!」

 怯えながらも背筋を伸ばし、答える。男は満足していなさそうだったが、とりあえずは納得し、捨てるようにリードを手を離した。

「お前はまずそこの本棚にあるモンでも見てろ。それが手っ取り早ぇえな……」

 ジャンパーのポケットに手を突っこんだままの男が、顎を動かして示す。雑然としたこの部屋にはスチールのラックも置かれていて、一昔前の形式のTVや、DVDデッキ、何冊も雑誌や、大判の本がある。

 男は部屋を出て行ってしまう。
 扉を施錠された音のあと、全くの静寂になった。

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 独りになったセイは、粗末な毛布を肩から被り、言われた通りに雑誌を開いた。他にすることも無いので、読むしかない。

 埃っぽくて汚いが、中身はちゃんと読める。

 いきなりにセイの瞳に飛びこんできたのは大人の男性二人が縺れあっている写真。苦しそうな表情をしていているが、嫌そうでもない様子だ。

 不思議な光景だと思いながらページをめくっているうちに、これは昨夜、自分と男がした行為そのものだとセイは気づいた。

 一方の性器が、一方の尻穴に根元までずっぷりと挿入され、強く結合している。

 身体の交わりではない写真もあった。ズボンを下ろし、カメラの前に股間を晒して頬を染めている青年。縄で身体を縛られて身動きを封じられ、それなのに昨夜の男のように性器を滾らせている中年男性。不思議極まりない……どれも、セイにはどれも奇妙な絵に映る。

 ベッドの上、横になって白濁を散らしている写真もあった。結合の写真などと同様、彼もまた嬉しそうな顔をしている。
 
 本来、楽しいものなのだろうか、男にされたあの行為は。
 すごく痛かったけれど、そのうち楽しくなるのだろうか?
 大人になれば、実はみんなこんなふうに嗜んでいて、歓喜を感じているのだろうか?

 子供のセイにはわからない。男に誘拐されてからというもの、様々な事柄を急激に与えられて、理解が追いつかない。

 他の雑誌を手にとってみれば、男同士ではなく、男女で行っている写真もあった。
 信じられないと驚いてから、両親もこんなことを行っているのだろうかと疑問も覚える。

 それから、母と父を思いだして涙腺がゆるんだ。

 雑誌を閉じ、膝を抱えて、ブルーシートの上セイは少しだけ泣いた。

 部屋にはカギがかけられている。窓にも金網が張られて封鎖されている。
 あの男も怖い。逃げようとしたらきっと殴られるだけでは済まない。

 此処が何処なのかも分からない。連れて来られるときに見た、たくさんの大きな廃屋と山林。裸身で逃亡して逃げ切れるはずもない……

「おかあさん。おとうさぁん……」

 助けにきてほしい。いったい、こんな時間はいつまで続くのか。セイは不安と絶望で壊れそうだ。