仮面舞踏会・下

 奏でられていた曲が終わった。
 白猫はがっくりと倒れこんで起き上がらない。
 蝋燭の灯火が消えるように、舞台上を照らすライトがふっと消える。拍手喝采の薄闇で黒豹は白猫を抱えあげ、天鵞絨(ビロード)の幕の奥に去っていく。
 次の演目を待つ人々が楽しげにざわめきを増すなかで、了理は案じてしまう。
(大丈夫なのだろうか、黎生先輩……)
 招待状とともにポケットに入れている携帯電話が震えた。どうせ親だろうと思って取りだすと、崇史からだ。舞台の後にかかってくると思っていなかったので驚き、了理の鼓動はざわつく。
 着信はすぐに切れ、了理は隣の梟を向く。
「あの……崇史先輩から電話があって……」
「おぉ、私のことは気にしないでくれ」
「すみません」
「また、このような宴の場で、きみと会えることを楽しみにしているよ──……」
 微笑みに見送られて了理は前室に戻った。先程の受付嬢がマスクの留め具を外してくれる。ひさしぶりに素顔を晒すと、当たり前だが呼吸がしやすい。
 急いで崇史にかけ直す。
「も、もしもし、崇史先輩」
『会場にいるのか』
「はい。えっと、拝見させていただきました」
『そうか』
 崇史の様子はいつもとおなじで落ちついている。とても、先程まで一本鞭を振るって人を傷つけていたようには感じられない。
『この後も宴は続く。女の肌を刃物で刻み絵を描いたり、男の肌にたくさんのフックを刺して天井に吊り上げたりするぞ』
「正直、今日はもうお腹いっぱいというところが本音です」
 それでも、わずかには好奇心がそそられた。
 ……いずれは観たいと思う気持ちが、了理に芽生えている。
『だろうな。お前は初めて宴に来たんだ。とりあえずは逃げずに其処にいることを褒めてやろう』
「あ、ありがとうございます」
 目の前に崇史はいないのに、了理は頭を下げた。
『もう舞台を見ないのなら、部屋に来い』
 スイートルームの部屋番号を教えられ、会話を終えた了理はさっそく歩きだす。来たときと同様、廊下に佇むボディーガードたちは深々とお辞儀をしてくる。そういえば、マスクを抱えたまま出てきてしまったと上階に昇るエレベーターのなかで気づいた。
 VIP客専用のラウンジとフロントを通り過ぎる。了理のことは話が通っているのか、立ち入りを咎められることもない。
 聞かされた部屋のチャイムを鳴らせば、上半身裸の崇史が扉を開けてくれる。適度に引き締まった男らしい身体。了理は眼のやり場に困り、どきどきして、そんな自分に戸惑いも覚えた。
(崇史先輩は同性なのに……)
 容姿が整っているからだろうか。理由を見つけようと分析しながらスリッパを履く。答えは見つからない──ただただ、崇史に見惚れて部屋に上がる。
 複数人で暮らせそうなほど広く、豪奢な調度品の配されたリビングルームで崇史は立ち止まった。
「さっきから気になっていたが……なんだ、それは?」
 その視線は了理の抱えるマスクに注がれている。
 了理も足を止めた。
「中世の医師が、黒死病の患者を診察する際に被っていたものです」
「ほう……」
 崇史は興味深げに自らの顎を押さえる。
「医師というよりも、悪霊のようだ」
「えぇ、僕も思います。こんな姿の医師がやってきたら、医師ではなく、死神が迎えにきたと勘違いしてしまうかもしれません」
「だろうな。黒死病の医師……今度、油絵のモチーフにしてみよう」
「崇史先輩は、油絵も描くんですか」
「あぁ。楽しいぞ」
 微笑むと、強面の美貌がくしゃっと和らぐのにも了理は惹かれる。
 思いがけずあどけなさが滲むのだ。
「最近は立体造形にも手を出している。いろいろ造っている。機会があればお前にも見せたい」
「楽しみにしています」
 マスクを崇史に渡すと、興味深げに細部を眺めだした。やはり崇史はマイペースだ。
(そうだ、それよりも……)
 黎生はどうしているのだろう。最後、倒れこんでいたから心配だ。
「……黎生先輩は大丈夫なんでしょうか?」
「そのうち起きる。問題ない」
 崇史の軽い語調に、了理は反論する。
「病人に鞭を打てば身体に障ると思うのですが……」
「黎生が望んでいることだ」
 マスクをテーブルに置き、崇史はそう言ってのけた。
「俺は黎生の望みを叶え、そして俺自身も愉しんでいる」
 崇史はまっすぐに了理を見据え、口許は不敵に歪む。
「黎生の父親も悦んでいただろう」
「それは……」
「宴に訪れている客たちも。皆が満たされている」
 毅然と言い放たれてしまった。
(病人を傷つけるなんてと咎めたくなるのは、僕が、医師を目指していたからなのだろうか……?)
 崇史は踵を返す。
「来い。目覚めたときにお前がいたら、黎生が喜ぶ」
 幾部屋にも分かれた室内のうち、ツインベッドの置かれた寝室へと入っていく。
 了理に逆らう理由はなく、崇史に従って入室した。
 柔らかな薄暗さに調節された空間、了理は、ガウンを着せられて寝かされた黎生を見つける。青醒めた顔は死人のようだ。それがまた可憐な造作を人形のように演出して、黎生に儚い美を纏わせる。
 臀部や両腿など、傷ついた部位には氷嚢(ひょうのう)が当てられていた。
(派手な音を鳴らしていた割には、酷い傷痕じゃない)
 間近で素肌を観察して、驚かされる。皮膚も裂けていない。崇史のテクニックに因るのだろうか。
 崇史はもうひとつのベッドに腰掛け、ミネラルウォーターを味わうと、了理に尋ねてくれる。
「お前も欲しいか?」
「……あ、はい……」
 自分の喉の渇きにいまさら気がつく了理だった。非日常的な世界に迷いこんだショックで、様々な感覚が薄れていたのかもしれない。
 崇史のとなりに腰かけると、飲みかけを渡される。了理は残りすべてを飲み干し、空になったペットボトルは崇史が受け取ってくれた。
(そういえば……黎生先輩のお父さまは、おぞましい発言をしていたような……)
 渇きが癒えれば、とんでもないことを思いだす。
 宴を後にして、正常な世界に帰還するとともに、麻痺していた理性もすこしずつ戻ってきたのだろうか──
 性玩具。
 黎央の父親は確かにそう言っていた。
(……いったい、どういう意味なんだろう……?)
 戸惑う了理のかたわらで、黎生は甘やかな吐息を漏らす。
「ん……」
 了理と崇史は、同時に黎生の顔を見た。ゆっくりと開く、長い睫毛に縁取られた瞼。
「あ……、了理……君……」
 まだ寝ぼけたような視線が、了理に注がれる。
「……見……てくれた……? 俺と崇史のセッション……」
 黎生はゆっくりと身を起こしながら尋ねてくる。薄明かりに照らされる傷痕、ずれた氷嚢がシーツに落ちた。
 了理は妙に慌てて答える。
「は、はい、拝見させていただきました」
「ふふっ……どう、だった……?」
「……びっくりしたというのが、率直な感想、です……」
 正直に答えると、薄笑まれる。崇史は新しいミネラルウォーターの蓋を開けて、黎生に渡した。いくつかの錠剤とともに。
「ありがとう、崇史」
 受け取る腕の細さに、了理は、この身体でよく鞭打ちに耐えたなと賞賛を覚えてしまった。
 黎生はさっそく喉を潤し、それから薬を含み、濡れた唇で残念そうに呟いた。
「……本当は、もっといろいろやりたかったんだ……お尻になにか突っこんだりね。宙吊りにしてもらったり。だけど体力が、保たないような気がしたから……昔は、そういうこともしたんだよ。皆の前で。最高に楽しかった……ねぇ、崇史」
「そうだな」
 崇史は微笑する。場は朗らかな雰囲気に包まれている。
 了理を除いては。
 了理には、彼らに訊きたいことがたくさんあった。ありすぎて、どれから質問したらいいのかわからない。
「あの……」
 黎生の瞳が了理を向く。
「なあに、了理君?」
「先ほど黎生先輩のお父さまが、仰っていたんですが……」
「えっ、パパと話したの?」
 意外そうな顔をする黎生に、了理は意を決して尋ねる。
「……崇史先輩は、黎生先輩の……その、せ、性玩具、だと……」
 卑猥な単語を声に乗せるのは、了理にとって生まれてはじめての経験だった。
「それは一体……どういう意味なんでしょうか?」
「もう、パパは、お喋りなんだから」
 憤慨してブランケットを握る黎生のベッドに、崇史が移動した。
「言葉通りの意味だ」
 そのまま黎生を背中から抱きしめる。あまりに自然な動作だったので、了理はごく普通に眺めてしまう。
 崇史はそっと黎生の首筋にキスもした。
「俺は黎生のモノだ」
「そういうことなんだよ、了理君」
 黎生は微笑い、振りむいて崇史にキスを返す。
 美しい男同士の戯れ。
 いつも仲良くふたりでいるとは思っていたが、口吻を交わすような関係だとは知らなかった。
(それは僕が、鈍感、だから……か……?)
 了理は恋愛経験に乏しくて、だれかとつきあったことは一度もない。幼いころからずっと奥手だ。
 そういった行為に興味を抱くより、ひとりきり本を読んでいたほうが楽しいと感じる少年だった。
 黎生は嬉しそうに語る。
「崇史は元々、俺のパパたちのオモチャだったんだ。でも、俺も崇史が欲しくなっちゃったから、パパにおねだりして誕生日のプレゼントに貰ったの。それからは俺の持ちものなんだよ」
 しかし──恋愛に疎い了理でも、黎生の発言はなんだかおかしいと感じられる。
(オモチャ? 持ちもの? 誕生日に貰った?)
 宴から抜けだしても、未だ奇妙な世界に足を踏み入れたままだ。
 黎生は崇史に擦り寄る。
「俺はマゾだし、崇史はエスなの。すごく気があうんだ」
 今度のキスは長かった。顔の角度を変えて何度も求めあう。絡まる舌に唾液の音が鳴る。了理はただただ見つめているしかない。
(きれい……だ)
 同性どうしのキスに不快感を抱くどころか、了理は素直にそう感じてしまう。
 呆然と眺めていると、口づけは途切れ、黎生が声をかけてきた。
「了理君もおいで。せっかくだから、三人で楽しもう?」
「……た、楽しむ……とは……」
 狼狽える了理に、黎生は目を細め、シーツを手のひらで叩く。
「俺たちに委ねてくれれば大丈夫だよ、此処に座って」
 言われるがまま黎生のそばに腰を下ろしたら、取り返しがつかないことになる気がする。
 きっと、いまが最後の分かれ道だ。
 この部屋を飛びだせば、彼らとの関係性は単なる先輩と後輩に収まったまま、つつがなく過ごしていけるはずだ。
(もしも……従ってしまったら、僕は──)
 さらなる濃密な世界にずるずると飲まれていくのかもしれない。
 確かに今宵、不思議なものをたくさん見た。
 妙な話も聞かされた。
 それでも嫌悪感のない了理が、此処にいる。
 いままで過ごしてきた世界には無かったものばかりだから、戸惑いこそ抱けど、目を背けようとも、逃げだそうとも思わずに。
(それが、黎生先輩のお父さまが仰っていた『素質』なのだろうか……?)
 了理は答えを出す。
 ゆっくりと、黎生たちのベッドに移動し、腰を下ろす。
 崇史は感心したかのように頷いた。
「お前の見込んだ通りだったな」
 にじり寄ってきた黎生に、了理は両肩を掴まれる。
「ふふ。俺の目に狂いはなかった。学校でも、深くつきあえる友達が欲しいなって思ってたんだ」
 唇の感触が離れてから、了理はやっと、黎生に軽くキスをされたのだと理解した。
 言葉を失い、口許に触れる了理に黎生が微笑む。
「了理君……もしかして、はじめてだった? ……きみは俺をずっと忘れられないね。ファーストキスの相手だから……」
「俺が死んでしまっても……」と、黎生は心底嬉しそうに呟く。
 黎生は振りむき、再び崇史の腕に戻った。
「嫉妬した? 崇史」
 崇史は首を横に振る。
「いや」
「もうっ……たまにはして欲しいよ、ねぇ、愛してる、崇史……」
 抱きあう彼らの体勢はずるずると滑り、ベッドに横になる。伸ばされる素足たちが了理に擦れた。
 ふたたびの濃密な口づけが途切れると、崇史の唇は黎生の首筋から鎖骨をたどる。
 その後は胸元に降りて、尖りを帯びた乳頭にも貪りついた。
 舐められて、黎生は明らかに感じた吐息を零す。
「や……、ぅ……、あぁ……」
 崇史の広い背中と、瞼を閉じて酔いしれている黎生の表情から、了理は瞳を逸らせない。じっと見てしまう。
 了理が愛撫されている訳ではないのに、吸いつく淫らな音がするたびに了理の身体も粟立つ。
 唾液塗れにしたふたつの突起から、崇史の唇はさらに下へと降りていった。黎生のガウンをはだけさせ、脇腹や太腿の鞭痕を撫でまわす。触れたあとにひとつひとつの傷痕に口づけを捧げていく。
 性器にまで辿り着かれた黎生は薄目を開き、崇史の亜麻色の髪を掻きまぜる。
「崇史、気持ちいい……」
 咥えられて唾液の音はいよいよいやらしさを増し、了理の鼓膜を責めたてた。熱っぽく吐露される黎生の想い。
「……叩かれてるときから、崇史にこうされたいって考えてた。弄んでほしかったッ……」
 崇史は下腹部に埋めていた顔を上げて、黎生を強く抱きしめる。
「あっ……、崇史も、硬くなってる……」
 黎生の視線は悪戯っぽく了理を射抜いた。
「崇史のあそこ、すごく大きいんだよ。見たい?」
 了理が返事をする前に、黎生は崇史を脱がしにかかる。崇史は平静な表情のまま、たやすく下着ごと奪われて裸身になってしまう。
 黎生の言った通り、露わになった反り返りは逞しい。身を起こした崇史は黎生の髪を掴む。
「お前も舐めろ」
 黎生は素直に従い、這うような姿勢になって口に含む。
「ン……ぅ……、ふ……」
 重厚な肉茎にしゃぶりついて鼻から息をする。シーツに垂れこぼれる、飲みこみきれない唾液。
 黎生の口淫を受けて崇史の主張はさらに猛っていき、濡れそぼってぬらりと光る。
 情欲に満ちた光景を眺めているうちに了理の身体も火照っていた。
 空調はずっと効いているはずなのに──ネクタイを緩め、襟元のボタンをひとつふたつと開く。
 涎を吐きだす黎生と、了理の目が合った。
「う、わ……、ちょっ……!」
 黎生は了理に近づいて、ネクタイを完全に抜いてしまう。ガウンの前を開けた黎生の性器もひどく屹立しているのを間近で目にし、了理はどきどきしているだけで抵抗できず、さらにボタンを外されていくだけだ。
「了理君も裸になって。俺たちといっしょに気持ちよくなりたいんだよね?」
「そ……れは……」
 黎生は了理のすべてのボタンを外し、バックルにも手をかける。
「遠慮しないで」
 黎生のガウンは崇史が脱がす。そして、晒された背中の鞭痕にも指先と舌を這わせていく。
 了理の鼓動は乱れるばかりで、気づけばジャケットは自ら脱いでいた。ワイシャツも捨ててしまう。そんな了理に黎生の瞳は輝いている。
「ふふ。そうだよ、欲望に素直になるんだ」
 ついに了理も一糸纏わぬ姿となり、ひどく勃起していたので、了理は恥ずかしくなる。なにしろ了理にとって、発情しているさまを他人にじっと見られるのは生まれてはじめての経験なのだ。
 見ないで欲しい、内腿を撫でまわさないで欲しい。
「あ……、そ、んな……先輩……!」
 頬を染める了理に構わず、黎生は了理の下腹部に指先を這わせながら、了理の鎖骨に頬を寄せる。
 崇史も了理の肌を撫でてきた。唇も奪われる。黎生からのキスとはまた違った感触だ。割り入ってきた舌先に蹂躙され、目を開けていられない。
 ふたりとも了理の性器には触れてくれず、崇史のキスが解け、自由になった唇で了理は請う。
「もっと、そ、そこも……して、ほしい、です」
 ペニスを触って欲しいなんて直接的には言えない、恥ずかしい。
 了理の恥じらいを見透かしているのか、黎生はとぼける。
「なぁに? 了理君」
 そのまま了理の胸元に指を伸ばしてくる。乳首を弄られただけで、声を漏らしそうなほどの快感が走った。恋愛に興味のなかった了理でも自慰の経験はある。けれど胸を触られてぞくぞくできるとは知らなかった……。
 胸の突起を弄びながら、黎生は諭してくる。
「お願いはちゃんと声に出して言わなきゃ駄目だよ」
 片方の乳首は崇史の指先に摘まれた。
 両胸をそれぞれ別々にいじられているさまは視覚的にも了理の興奮を煽り、頭に血が昇って、おかしくなりそうだ。嬲られたまま、意識とは無関係に腰を揺らしてしまう、刺激を催促するかのように。まだ一度も触れられていないのに肉茎は猛るばかりで、尖端からは先走りの蜜も溢れだした。
 胸を触られ、性器を揺らし、鳴きだした了理はふたりに微笑われている。
「あッ、ふぅう、あぁ……!」
 彼らの目線を意識すると余計に恥ずかしくなった。その羞恥を快いものと認識していることに、かすかに残る了理の理性は驚いている。
 黎生は崇史に促した。
「すこし触ってあげたら? なんだか、可哀想になってきちゃった」
 笑んだままの崇史が従う。
「そうだな」
 大きな手に握られた瞬間、了理は目の前がスパークするかのような、圧倒的な快感を覚える。
 待ち焦がれていたのもあったが、他人に握られるのも始めてだったし、崇史のやり方は巧みすぎた。扱かれるたびに、あられもない悲鳴が漏れる。
「はッ、ひぅ、うぅ」
 情けない悶え声が、自分の声だとは信じたくない。
 崇史には苦笑された。
「そんなに悦いのか? 堪え性のないやつだ」
「仕方ないよ、了理君は俺たちと違って、清純に育ってきたんだ」
 黎生はくすくす笑い、かろやかにベッドを降りた。裸身のまま別室に行ってしまったが、すぐに戻ってくる。その手には軟膏のチューブが握られていた。
 黎生はキャップを外すと、ベッドの上で股を広げ、あろうことか自分で後孔に塗りつけはじめる。
 了理に披露するように。
 崇史の手が了理から離れてしまった。彼は黎生の弄りに加わり、軟膏を足して、ほぐしていく。
 排泄器官であるはずのそこが、ふたりの指に育まれて女性器のようにとろけていくさまは、了理が今宵目にした彼らの交歓のなかでもいちばんの淫靡さだ。
 了理は触れられていなくても、触れていなくても、爆ぜそうな昂ぶりを維持している。
(す、すごい……ッ……)
 瞬きさえも忘れてしまう了理だった。
 黎生の中指が奥深くまで挿れられ、後を追うように、崇史の中指も捩じこまれる。
「ん……ぅ……、あぁ……」
 黎生は呻き、身体をくねらせた。
「あぁあ……、気持ちいいっ……、ん……」
 ぐちゅぐちゅと蠢く彼らの指先。
 それにあわせて、いつのまにか了理は自らの性器を掴み、扱きだしてしまう──
「了理君、俺のアナル見て……、オナニーしてるの……?」
 気品を纏う青年。そんな黎生から卑猥な言葉が溢れることに、もうそれほど戸惑わない了理がいる。頷くと、目を細められた。黎生の微笑はいつも、いまも優しい。
「あ、あの……」
 了理の射精感はすでにそばまで近づいている。
「いき、そう、なんですけど……」
 黎生は笑んだまま、後孔から指を抜きとる。
「我慢できないの?」
 頷くと「いいよ」と、許可を貰えた。
「飲んであげなよ、崇史。俺の命令だよ」
「あぁ、わかった」
 崇史も黎生から指先を外した。身体の向きを変えて、了理のものを咥えてくれる。
(す……、すご……い……)
 美麗な顔立ちの頬が窄められたさまにも了理の興奮は煽られる。
 舌の感触にも、視覚的な刺激にも、了理の快感はたやすく引きだされ、たった数秒後に吐精した。
 たまにする自慰とは比べものにならない、圧倒的な絶頂。
 不明瞭な悲鳴を発しながら昇りつめて果てる。
「せ……、ん、ぱ……、……あ、ぁあ、ア、うぅぅ──……!」
 崇史は根元を扱いてもきて、一滴も残らずに吸いだしてしまった。
「……あ、ぁ、あ……」
 全身から力が抜け、寝そべった了理を崇史が見下ろしている。精液を含んだままで見つめられたことに、了理はぞくりとしてしまった。
「俺にも分けて。了理君の、ひとりじめしないで」
 催促するように、黎生は崇史の腕をつかむ。崇史は従い、抱きあってキスをする。
 口移しに白濁を与えられた黎生は嬉しそうに嚥下した。
 そんな様子を見せつけられ、了理の興奮は冷めやらない。快楽を極めたのに、落ちつくどころか、胸の鼓動は乱れたままだ。倒錯的な心地を味わっていた。
 くちづけが途切れ、崇史が感想を漏らす。
「濃厚だな」
 そんな指摘にも妙に恥ずかしくなる。
「溜まってたの? これからは俺と崇史が抜いてあげるから大丈夫だよ」
 黎生の言葉にも頬が熱くなった。満面の笑みでそんなことを言わないで欲しい。
「はじめてのキスは俺で、はじめてのフェラが崇史だなんて……もう、俺たちと了理君は、仲良しの友達だよね……」
 友達どうしでこんなことをするなんて妙だと反論したい了理もいたけれど、恍惚の沼に絡めとられ、心地よい脱力感に飲まれていくだけだ。
 そんな了理を見て、崇史は含み笑いを浮かべる。愛玩するように黎生の顎を撫でながら……。
「其処で見ていろ。俺と黎生の交尾を」
 了理の目の前で、彼らはひとつになり、愛しあいはじめた。
 崇史に貫かれた黎生の悲鳴は歓喜でしかない。
 うっとり魅せられたまま、身を投げだした了理の意識は微睡みに堕ちていく。どろどろと、底のない、深淵の闇は温かい。