爛・上

 季節は夏を迎えつつある。梅雨明けの青空は雲ひとつなく、透きとおりそうなほどにみずみずしい。
 キャンパス内にあるカフェで、了理はグレープフルーツティーを買った。窓際のカウンターに座れば、ガラスの向こうに広がるオープンテラスには飲みもの片手に談笑している学生たちの姿が視界に入る。
 真昼の陽光の下、とても楽しそうだ。
(直射日光に晒されているのに、よくあんなにも笑えるなぁ……)
 了理には、快晴の外で楽しめる気持ちなど理解できない。
 陽射しの強い夏日なら、なおのことだ。薄闇の中で解剖書を読んでいたほうが愉しい。
(……まぁ、僕が、陰気な性格なだけなんですけどね……)
 いっそのこと一年じゅう、ずっと梅雨の曇天でも構わないのにと思いながら、アイスティーを味わう。
 黎生と崇史と待ちあわせていなければ、真昼間こんなところになど来ない。
 彼らとは、午後からいっしょに大学図書館に行く約束をしている。
 学年上の彼らと勉強していると、難しいところを教えてもらえたりもして嬉しい。そのぶん、彼らの集中の妨げになっていないかと心配になるが、黎生には「構わないよ」と微笑まれる。
『人に教えると、復習できるしね。そうだよね、崇史』
 黎生にそう投げかけられると、崇史はどうでもよさそうに頷いた。
 相変わらず手元ではらくがきをしている。黎生だけでなく勉学に身が入っていない崇史の成績までも優秀なのは、了理にとっては謎でもあり、ちょっとした感動でもあった。きっと地頭がいいのだ。
「あれっ──お前って最近真堂とよくいっしょにいるヤツじゃん」
 知らない声に話しかけられて、振りむく。了理とおなじ年頃の男子。大学の生徒だろう。
「将来の為にせっせと媚び売ってんの?」
 気軽な口調と笑顔、それとは裏腹な棘のある台詞とともに、了理のとなりに腰を下ろしてくる。アイスコーヒーをカウンターに置く動作は荒く、カップのなかで氷が揺れた。
「なんのことですか?」
「古賀みたいにさぁ」
 だれのことを指しているのか、即座には気づけなかったが、そういえば崇史の名字だ。下の名前で呼びあっているためとっさに思いだせなかった。
 男子生徒は羨ましそうにぼやく。
「アイツ、将来は真堂不動産の幹部って約束されてるらしいじゃん。いいよなぁー」
「崇史先輩はそういった下世話な目的で、黎生先輩と居るのではないと思いますが……」
 了理の印象を率直に告げると、生徒は顔をしかめた。
「じゃあなんのためにつるんでるんだよ。病弱な御曹司の世話なんか、下心なきゃできないだろ」
「そんなことは──」
 あまりな言いかたに、了理が反論しようとすると、つかつかと崇史が近づいてきた。
 心底不快そうに眉根に皺を寄せて、骨ばった長い指をすっと伸ばし、男子生徒の肩を掴む。
「わ、うわっ!」
 後ろに引っ張られた彼はバランスを崩し、転びそうになるものの、かろうじて椅子からは落ちずに済んだ。唖然としている男子生徒に対して、低く響く崇史の声。
「邪魔だ」
 切れ長の二重の氷のように冷たい瞳に見惚れてしまう了理だった。
(か……格好良い……)
 生徒は席から立ちつつ、取り繕う。
「あ、こ、古賀君、ひさしぶりだな」
 すこし遅れて、黎生も現れる。黎生は崇史のように不快というよりも、困ったような、物憂げな様子だ。
 男子生徒はアイスコーヒーを手にそそくさと店を出ていく。
「真堂君も元気そうじゃん、あはは、じゃあなー」
 周りの席からはなにごとかと了理たちを見る目もあったが、すぐに視線は剥がれていった。
 事情はよくわからなかったが、とりあえず了理はお礼を述べる。
「ありがとうございます、追い払ってくれて」
(……あれ……、崇史先輩……)
 崇史はまだ不機嫌そうで、それは了理にとっては意外だった。崇史はよくも悪くも、いつもそれほど感情をあらわにしないので、あからさまにイラついたさまを見せるのは珍しい。
「絡まれたのは、はじめてか」
「はい」
「またなにかあったら言え」
「はい……」
 頷く了理の前、黎生は崇史の腕に触れる。どことなく不安げに。
「だめだよ、崇史、乱暴なことしたら」
「乱暴ではない。躾だ」
「もうっ……」
 黎生はため息を零した。
「……俺たちも飲みもの買ってくるから、ちょっと待っててね」
 それから、了理に苦笑し、崇史を連れてレジカウンターに向かう。
 すぐに彼らは了理の元に戻ってくる。黎生はアイスミルクティー、崇史はブラックコーヒーを選んでいた。了理は飲みかけのプラスチックカップを持ち、彼らとともに外に出る。
 三人で歩きだす、キャンパス内にある図書館への道程。緑はさわやかに繁り、気の早い蝉が鳴いている。陽射しを呪うように、黎生は目元で手のひらをかざす。
「昼間は眩しくてつらいよね」
 季節が夏に差しかかっていても、黎生は薄手のカーディガンを羽織っていた。了理も長袖のシャツを着ており、三人のなかで半袖姿なのは崇史だけだ。
 もちろん、了理は黎生に同意する。
「僕もそう思います。いっそ、ずっと梅雨でも……ずっと真夜中でも構いません」
「ふふ。俺もそれ考えたことある。俺と了理君って、やっぱり気があうね」
 やわらかく笑んだあと、黎生は日陰を選んで歩きながら、事情を打ち明けてくれた。
「……さっきのヤツは、小学校のときからおなじなんだ」
 此処は幼稚園から大学までエスカレーター式に通うこともできる私立校だ。黎生は幼稚園から、崇史は中学校から通っているという話は以前にも聞いた。
「俺ね、昔からよく入院するし、学校に来ても早退したり、体育とか運動会は見学することも多かったし……クラスにはそういうのをよく思わない子もいて、陰口叩かれてたり」
「面と向かってはあまり言われなかったけど」と、黎生はつけ加える。真堂家の威光を気にしてかもしれない、了理はそう思った。
「そうしたら、ある日、崇史がみんなと大喧嘩しちゃって……」
「いまに至るまで、険悪な関係が続いているということですか」
「そういうこと」
 黎生は了理に頷き、苦笑する。
「ごめんね、俺と仲良くしてるせいで、了理君にも迷惑かけて」
「迷惑なんて、かかっていませんよ」
「崇史も。いつも、ずっと、ごめんね」
 了理たちのすこし後ろを歩いている崇史に、黎生は振りむいた。
 当然のように崇史は首を横に振った。色素の薄い、亜麻色の髪が揺れる。
「お前は悪くない」
 そう言ってストローでブラックコーヒーを啜る。カフェを離れ、崇史の纏っていた苛立ちの棘はいくらか和らいだようだ。
 しんみりとした空気を変えたかったのか、黎生は了理に改めて笑いかける。
「そうだ、了理君、今度本当に俺の家においで」
「……えぇ、それはぜひお伺いしたいのですが……」
 仄かな不安も抱く了理だった。
 初めて淫らに戯れたホテルの夜から、校舎にある黎生のための部屋で触られたり、軽くキスを交わすことはあっても、その先にはまだ進んでいない。
(お家に訪問してしまったら……僕はついに……貞操を失ってしまうかもしれない。なんて。まるで生娘の悩みですね……)
 好奇心だってあるけれど、踏みだすのは少し怖い。しかし、きっと訪れてしまえば仮面舞踏会の夜と同じく、引き返さずに次の扉を開ける自分の姿も想像できるから、余計に了理は二の足を踏む。
 了理の気持ちを知ってか知らずか、黎生は了理を安心させるような提案をしてきた。
「妹のいるときに来てもいいよ。四人で遊ぼう?」
 舞花の存在は、了理も話には聞いてはいる。
 さすがに妹がいるときに妖しげな空気にはならないだろう──そう思って了承し、具体的な日取りも決めたのだが、その考えは甘かったのだと、了理は後に理解させられることとなる。


   ◆ ◆ ◆


 二十三区郊外にある閑静な高級住宅街。週末、最寄り駅から並木道を歩いてきた了理は立ち止まった。
 瞳に焼きつけた瞬間、驚きと感動とで息を呑んでしまう。
 鉄柵の門から覗く薔薇園と、薔薇の向こうにたたずむ洋館。黎生の祖父が建てたというその屋敷は威厳に満ち、それでいて繊細な趣きもあった。
(これが……真堂邸……ちょっとしたお城みたいだ……)
 あまりの壮麗さに緊張も覚えながら、チャイムを押すと『どちらさまでしょうか』と、女性の声がする。緊張しながら答える。
「あ、と、東條です……黎生先輩とおなじ大学の──」
『少々お待ちくださいませ』
 しばらく後、薔薇咲く繁みを越えて、歩いてくるのは白髪の老人。
 ノータイだが、かっちりとしたワイシャツにスラックスをあわせ、人の良さそうな、それでいて品の良い微笑みを浮かべている。
(黎生先輩がよく話してくれるお爺さんって……この人なのだろうか……?)
 老人は了理に辿りつくと折り目正しく頭を下げた。
「ようこそお越しくださいました。わたくしは真堂家に仕えております、瀧川(たきがわ)と申します。こちらへどうぞ」
 了理も恐縮しつつお辞儀をして、開かれた門の先、彼とともに石畳を歩いていく。通り過ぎていく薔薇園──真夏を迎えようという季節でも、いまもまだ甘美に咲いている薔薇はあった。
 館に入って、インターフォンの声の主らしき家政婦に、母親から持たされたロールケーキを渡すと「切り分けてお出ししますね」と言ってくれる。
 瀧川と向かうのは書斎だった。
「駅からの道程はお暑かったでしょう。地下は一年を通して涼しいのですよ」
「は、はい……そうなんですね……」
 本棚と本棚の間に扉があり、こんなところを降りるのかと戸惑いながらも、了理は瀧川の後をついて螺旋階段を降りていく。
 底に辿りつき、さらに鉄扉の奥に招かれていった。
 古城の趣の廊下は確かに涼しく、連なるシャンデリアの光は青白い。とある部屋の前に着くと、執事は品の良い仕草でノックをして、中には立ち入らずそのまま去る。
「では、ごゆっくりとお愉しみになってください」
 了理は自らの手でドアノブをひねり、入室する。
 広々としたベッドに、戯れる影がある、まだ昼間だというのに。
 絡みあうシルエットは黎生と崇史ではなかった。
 華奢な少女に崇史が覆い被さっている。ふたりとも裸身だ。揺りつける、崇史の腰の蠢きにあわせて、少女は甘く声を漏らす。
 おなじシーツの上に座る黎生は微笑ましげに彼らを鑑賞している。
 ひとかたまりに軋むふたりとは違って私服姿だ。
 黎生の手には革製のリードも握られ、崇史の首輪に繋がっていた。程よく筋肉のついた大柄な身体とリードとの対比はさながら雄の大型犬のようでもある。
(……………………)
 ……この状況に対し、了理は確かにまばたきを忘れるほど凝視してひどく驚きはしたが、行為を邪魔しないように静かさを心がけてドアを閉める余裕はあった。
 そしてゆっくりと情事に近づいていく。
 黎生は了理を見ると、嬉しげに目を細めた。
「了理君、来てくれたんだね、暑いのにありがとう」
「は、はい……お邪魔します」
 そういえば間近で女性の喘ぎ声を聴くのは初めてかもしれない、と思いながら、了理は彼らとおなじベッドに腰かけた。サイドテーブルには色とりどりの果実の浮いたフルーツウォーターのガラス瓶が置いてあって、黎生自ら真新しいグラスに注いで、すすめてくれる。よく冷えていたし、パイナップルやレモンやハーブの風味は美味しかった……ごくごくと味わっているあいだも行為は滞りなく続いている。
 もはや少女は咽び泣いていた、崇史の背中にしがみつきながら。
「あぁぁあっ……! お兄さま、だめ……こわい……だめぇっ……!」
 苦痛とも悦びともつかぬ表情には、黎生の面影を感じる。
 了理はいまさら気づいた。
(まさか……この方が……黎生先輩の妹の……)
 妹の泣き顔に、黎生は優しく語りかける。
「大丈夫だよ、俺はここにいるし、崇史はちゃんと躾けられたオスだから、舞花を壊しはしないよ」
「……わかって……る……けど……、で……も……、すごいの、おかしくなっちゃうぅっ……!」
 黎生は彼らに身を寄せるように寝そべり、悶える妹の髪を撫でた。
「可愛い……舞花……」
 兄妹は口づけを始めた。肉感的な抽送の音に交わる、艶めかしく吸いあう音。崇史はというと腰遣いに緩急をつけ、いまも的確にただ犯し続けている。表情は平静なままだ。
 懸命に求めあうようなキスはしばらく後、たっぷりと唾液の糸を引きながら途切れ、黎生は表情を切なげに曇らせた。
「ごめんね……俺は、妹の想いを受けとめてあげられない、悪いお兄ちゃんだよね……でもね……舞花が大切で可愛くて仕方ないのは本当だから……」
「いいの……、お兄さま……しあわせ……、……あぁ……もうほんとうにだめ……っ……!!」
 黎生に撫でられて、崇史からも頬に口づけられ、舞花は甘美な吐息を零す。黎生は崇史に命じた。
「達かせて」
「あぁ、分かった」
 返事をした崇史は身を起こし、舞花の両脚を抱え、最後の抜き差しを加えていく。いままで崇史の身体に隠れていた舞花の裸が露わになったさまは恋愛経験のない了理には初めて直接見た女性の身体で、刺激が強く、呆然と眺めてしまう……
 舞花の嬌声はいよいよ切羽詰まっていった。
「あぁ、あぁあぁ、いっちゃうぅ、お兄さま、おにぃさまぁ、たかふみさ……ん……! きゃぁああ──……!!」
 舞花は絶叫のあとひときわ顔を歪めて弓なりに仰け反り、それから、がっくりとシーツに倒れこむ。
 一仕事終えたとばかりに息をつく崇史が、ゆっくりと結合を解いた。額の汗も拭う。舞花の愛液なのか濡れそぼった男根はまだ物欲しそうだった。崇史は達していない、それはさすがに了理でも分かる。
 黎生はさらに舞花の髪を撫でまわし、ねぎらっていた。
「気持ちよかったね……舞花……頑張ったね……」
 余韻に溺れていた舞花だったが、だんだんと意識がはっきりしてくると、顔を両手で覆ってしまう。
 黎生はそれも微笑ましいというように、クスクス笑う。
「どうしたの、舞花?」
「いやっ……はずかしいの……お兄さまにはしたない姿を見られて……」
「全部見てたよ、舞花はずうっと可愛かったから、大丈夫、大丈夫……」
 兄妹の甘く睦みあう触れあいのかたわら、崇史はフルーツウォーターのグラスを掴んで飲み干し、うつぶせに寝そべってしまう。黎生は舞花と抱きあいながら不満げな声を上げた。
「あっ、崇史、俺は『伏せ』って言ってないのに」
 舞花は黎生の腕のなかで薄笑む。その表情は悪戯っぽくもあり、やはり黎生に似ていた。
「『おあずけ』は守ってるから、ゆるしてあげて……」
「……舞花がそう言うなら──……」
 口を尖らせながらも黎生はとりあえず納得し、舞花の肌を綺麗に拭きはじめる。兄に清拭される舞花はとても嬉しそうだった。黎生は舞花に良く似合うふわふわのバスローブも羽織らせてやる。
 未だに、目の前の出来事をどう受け止めたらいいのか理解できず、ただただ呆然としていた了理だったが、ベッドを降りた舞花に「ゆっくりしていってくださいね」と微笑まれて……やっとハッとする。舞花はスリッパを履いて、寝室と繋がるバスルームに消えていった。
 ふと気づけば、サイドテーブルにはいつの間にか、了理が持ってきたロールケーキも切り分けて置いてある。使用人が運んできたのだろう。了理は全く気づけなかった。それほどまでに集中して行為を鑑賞してしまっていたのを自覚する。
 黎生は手持ち無沙汰に崇史のリードを弄りながら、学校で話すときと変わらない笑顔で了理に尋ねてくる。
「どうだった、了理君?」
「……ど、どうだったと言われましても……」
 なんと答えればいいのか、分からない。
 感想を探していると、黎生から言葉を投げかけてくれる。
「あのね、了理君はまだバージンな訳じゃないか、だから不安もあるのかなと思って──……妹を見てもらったんだよ」
 その唇から紡がれる話は、またもや、了理の想像をかろやかに超えていく。
「舞花と崇史は将来跡継ぎを作るって決まってるから、前もって慣れさせてるんだけど、初めは舞花も怖がって大変だったんだよ。でも、いまはちゃんと出来るようになったし、悦びだって得てる。了理君だってすぐに慣れて気持ちよくなるよ……」
「…………」
 絶句してから、改めて、出てきた単語について了理は呟いた。
「あ、跡継ぎ……ですか……」
「うん、ずいぶん前に家族会議で決まったの。舞花と崇史を番(つがい)にするんだよ。俺は崇史の子どもを産めないし」
 すこし、寂しげに伏せられる瞼。
「もしも俺が女の子だったとしても、持病のせいで結局産めなかったと思う」
「……そう、ですか……」
 了理の視線の先で、崇史はゆったりと寝返りをうつ。性器はまだ萎えきっておらず目のやり場に困る。
(……崇史先輩の身体……こんなにも間近で……)
 舞花の──女性の裸身を見るよりも、崇史の肉体のほうが、なんだか、了理を惑わせる。崇史には恥ずかしげな表情もそぶりもなく、堂々と露わにしているさまも了理にとっては悩ましい。汗ばんだ素肌に垂れるリードも官能的だ。
 黎生はなんでもないことのように、まるで種畜の検査をする飼い主のように、崇史の肉茎を握りしめた。
「見て、了理君。まだこんなにも欲情してる。健康に成熟したオスの証だよ」
「は……はい……」
 強調されると、目のやり場に困る了理も注視せずにはいられない。
「舞花に種付けする必要がなかったなら、仔犬のうちに去勢を済ませてたかもしれないんだ。それだったら、声変わりもしなかったし、いまでも室内愛玩用として飼育してたかもしれないね」
 先走りに潤む性器から手を離されると、崇史は身を起こし、ついでのように黎生の手の甲に口づける。おぞましい話をされていることにも崇史はまるで興味がなさそうだった。
 黎生は舞花にしてやったように崇史も清拭する。了理は崇史の首輪にも惹かれた。材質はおそらくステンレス、留め具はネジ。肌にフィットするように滑らかに加工もされていた。
「素敵なお品ですね。黎生先輩のセレクトですか」
 答えは了理を驚かせる。黎生は「この首輪は崇史が自分で作ったんだ」と言うからだ。了理は改めてまじまじと観察する。
「ご自分で作れるのですか? いったいどうやって……」
 崇史は、やっと了理に視線を向けてくれる。
「普通に工作機械を使うだけだ。これはステンレスだが、ステンレスはいい。まず軽い。表面研磨すれば美しく、腐食にも強く、肌にも優しく、金属アレルギーの者でも装着できるのだ」
 黎生は笑顔のまま、それとなく了理に教えてくれた。
「了理君……崇史はこういう話になると長くなるから、遠慮しておくなら早めに辞退したほうがいいよ」
 マイペースな崇史は、黎生の言葉など気にもしていない。
「お前にも似合いそうなものを二、三、持ってきてやろう」
「は、はぁ……」
 似合う首輪などあるのかと思って、戸惑いからため息をつく了理だった。そのため息は崇史なりには受け止めてくれた。
「安心しろ……加虐嗜好者とはいえ俺にも分別はある……初心者のお前にあからさまな苦痛を伴う拘束具は選ばない」
 黎生はやれやれといった表情で、崇史にフードつきの黒のガウンを着せる。下着は穿かせず、同布の帯で腰をゆるく締めた。
 立ちあがった崇史は素足のままでベッドを離れていったが、すると浴室の扉が開き、舞花が顔を覗かせた。
「崇史さんっ、わたしもいっしょに行きたいの」
 ポケットに手を突っこみ、崇史は立ちどまる。
「話を聞いていたのか」
「えぇ、拘束具を取りにいくのでしょう?」
「ゆっくり風呂に入れ。全然浸かっていないだろう」
「あとでまたちゃんと浴びるから……ねぇ、了理さんってコルセットも似合いそう、すっきりしたお顔立ちだからお化粧も映えそう……例えば道化師のお顔とか……崇史さんもそう思うでしょう……? ふふふふっ……」
 バスローブ姿で出てきた舞花の表情が意地悪く歪むのを、了理は見逃さなかった。
(一体……なにが始まるというのでしょうか……)
 妹を交えて四人で遊ぶ。その言葉を常識的に受け止めて訪れた自分が、なんだか、情けない。
 崇史は舞花に首輪のリードを好きに持たせ、あれこれと会話しながら廊下に去っていく。先程まで濃密なセックスをしてはいたが、了理の目には舞花と崇史もまた兄妹のような関係性に映った。
 黎生は肩をすくめるものの、唇は緩んでいるから、この流れもそれはそれで黎生には愉しいのかもしれない。
「あーあ、ふたりがあぁなるともう駄目なんだ。可哀想な了理君……俺でも止められないよ──……」