複数の男に輪姦されるのはそれなりに重労働だ。 ため息を吐き、シャワーの水流を止めた。 後孔にはまだ嵌っているかのような異物感と、引きつれるような痛みが続いていて、不快といえば不快だった。けれど崇史はそういった不快感にはとっくの昔に慣れてしまい、納得するまで過剰に身体を洗うこともなくなった。 バスタブに爪先から浸って、ゆっくりと腰を下ろす。お気に入りの入浴剤を溶かしたぬるめのお湯はラピスラズリの色をしていて、この身を蹂躙してくる大人のひとりがいつか連れて行ってくれた、イタリアのカプリ島にある青の洞窟の水面に似ている。 綺麗な光景を思いだしても、手のひらでお湯をすくっても、今夜はまるで癒やされない。普段なら気を取り直してぐっすり眠れるはずなのに、それは難しそうだ。 崇史はまた、ため息を漏らす。 滅入っているのは、長く行われたプレイが理由ではない。 実はこのところ、気分は沈んだままだった。 (……明日こそ黎生の病室に行く……) 自分に言い聞かせ、右手をぎゅっと強く握りしめる。 身体の芯まで温まってから、浴室を出て、黒のバスローブに袖を通し、素足のまま廊下を歩く。 ここは真堂邸から徒歩すぐのマンションにある一室で、学校に通いはじめたころ、穎一郎に与えられた。多くの時間はいままで通り真堂家で過ごしているが、身の回りのことは一通りできるようになったのもあり、主に寝起きはここでしている。 キッチンに赴き、冷蔵庫を開く。冷やしてある瓶入りの炭酸水を掴みだして飲みながら気づくのは、寝室の扉が中途半端に開いているということ。崇史は怪訝に眉根を寄せる。 この身体の持ち主である黎生の許可を貰ってやって来た今夜の客たちは全員帰っていったはずだ。 相手を確かめるために寝室のドアノブをひねった。 間接照明の灯りに満たされた空間。部屋の広さのわりに大きなベッドに座っている人影は、品のいいブラウスにカーディガンを羽織って、膝丈のズボンから伸びる脚をぶらぶらとさせた、崇史と同い年の少年──黎生だった。 崇史は驚いて、目を見開く。 「黎、生……」 後ずさりしそうになり、わずかに腰を引いた崇史に、ベッドの彼はくすっと微笑む。 「崇史は、すこしずつだけど、表情豊かになっていくね」 「……退院は来週だと……聞いていた」 どうして黎生が此処にいるのか分からないまま、崇史は部屋に足を踏み入れた。 黎生は教えてくれる。 「早まったんだ。経過が順調だから」 「そうか」 そんなこと、大人たちのだれも言ってくれなかった。何故だろうと崇史はほんのすこしだけ唇を尖らせてしまう。 わずかな感情の変化も、黎生にはすぐ読み取られる。 「突然来て、迷惑だった?」 崇史は濡れた髪の雫が跳ねるほど、ぶんぶんと首を横に振り、そんな動作は黎生を苦笑させる。 「それならいいんだけど──……」 普段と変わらなさすぎる黎生を、幽霊のようだとも感じる崇史だ。 本当に黎生なのだろうか。ひょっとしたら入院先で死んでしまい、魂だけ此処に来たのではないだろうか。首筋も手首もこんなに色白く、細かっただろうか。 ……色々と考えてから、そういえばいつも黎生は幽霊じみていたなと思い直す。生きている存在感があまりない。 その身は太陽の光にたやすく焦がされてしまいそうだし、シルエットは息を吹きかけただけで霧散してしまいそうなほどに儚い。 崇史はキッチンに戻ろうとドアノブに触れる。 「なにか、飲みものを用意する」 「それでいいよ」 黎生は崇史の持っている、炭酸水の瓶を指差した。崇史は黎生に近づく。黎生は崇史の手首を掴み、その瓶を取りあげてしまう。 嚥下する細い喉の蠢きを見てやっと崇史は、まぎれもなく生きている黎生だと強く納得できた。 「美味しい。ねぇ次は口うつしでちょうだい?」 「あぁ……」 動揺を落ち着かせきれないまま、崇史は瓶を受け取ってあおった。それから黎生の隣に腰を下ろし、肩を掴んでキスをする。口のなかに流しこんでから、顔を離せば、黎生は目を細めた。 「やっぱり、崇史の唇からもらったほうが美味しい」 ……無邪気な笑顔を浮かべる黎生の頬に触れてみたい。いつもなら触れているだろう。けれど今夜は指先を伸ばせず、視線さえもまともに重ねられないくらいだ。 視線の端でかろうじて黎生を捉えていると、尋ねられた。 「ずいぶんと長いお風呂だったけど……今日のプレイはつらかったの?」 「いや」 「それならいいんだけど……」 「そ、の」 崇史は炭酸水をフローリングの床に置く。スリッパを履いた黎生の足と、自分の裸足が並んでいるさまを眺めながら、伝えたい言葉を絞りだした。 「……すまない」 「どうして謝るの、崇史」 黎生は苦笑する。 「お見舞いに来なかったことを謝ってるの?」 「違う……いや……それも、ある……だが、一番謝りたいことは、ほかにあるのだ」 言葉を詰まらせる崇史を、黎生は見つめてきた。 黎生は、崇史自身の言葉で紡がれるのを待っているようだ。 「ケンカした、学校で」 「パパに聞いたよ」 「あいつらの悪ふざけをゆるせなかった」 学校を休みがちな黎生のことを罵るクラスメイトがいる。黎生の入院中、ついに崇史は爆発してしまった。騒動のせいで、教室の雰囲気はいまも険悪なままだ。 崇史は顔を上げることができない。 「……俺のせいで、黎生がさらに来づらい空気になったようだ……だから、謝っている」 「俺のために怒ってくれたんでしょう、崇史は」 「うれしい」と、黎生は微笑む。 「崇史は……俺を大切に想ってくれてるんだよね」 「当たりまえだ」 崇史はやっと、黎生の顔を見ることができた。 「俺は黎生のモノなのだ。当然、そうに決まっているだろう」 「あのね……それは……そうなんだろうけど──」 今度は黎生が目をそらす。調度品の陰がぼんやりと映る壁に視線を流している。 「……はじめて崇史を見たときから惹かれていって、言葉を交わしたらもっと惹かれて……」 黎生は回想を眺めているらしい。 「さらに崇史のことを深く知りたくなって、欲しくなって、ちょうだいって駄々をこねてたら……誕生日にもらえたけど。だけど『黎生と仲良くしてあげなさい』って、パパに言われてるのもあって、こんなにも俺のそばにいてくれて、命令を聞いてくれるかなぁって……不安だったんだ。崇史を好きな気持ちは、俺のほうが強いのかなって」 黎生は瞼を閉じてしまう。それでも崇史は首を横に振り、呟いた。 「そんなことはない……」 崇史もはじめて見たときから黎生が気になった。 大人たちが黎生の話をしていると聞き耳を立て、たまに黎生と会う機会があると、他のどの人間に対してよりも注意深く観察した。 黎生と二人きりで過ごすようになってからは、くるくると変わる色とりどりの表情にも、崇史の経験したことのないさまざまな事柄を話してくれるさまも可愛くて、聡明さには尊敬の念を抱けたし、蝋燭の灯の下で蝶の標本をバラバラに毟って遊ぶような危うさにも惹きつけられてやまなかった──……などを、例に挙げてひとつひとつ話していけばいいのかと考えているうちに、どんどん時間が過ぎていってしまうのは、いつものことだ。 崇史には、自分の気持ちをどうやって伝えたらいいのかは難しく、手間取る。 先に黎生が口を開いてしまう。 「……まだ、パパたちの玩具だったとき……崇史、絵を習いたいって言ったよね。そうしたらパパは『レッスンに通わせてあげるかわりに、いままでは見逃してやってた、もっと痛くておぞましいプレイもしてもらうよ』って……そうしたら崇史は『ありがとうございます』って、頭を下げたんだ」 そういうこともあったなと、崇史は頷いた。 「美術のためならなんでもできるんだって、嫉妬した。実はね、崇史が俺のモノになってくれてからも、崇史が愛してるスケッチや油絵が、嫌いになりそうなときがあったんだよ」 ……黎生がそれほどの想いを秘めていたとは知らなかった。 うまく言葉に出来ない代わりに、行動で示せば黎生を安心させてやれるのだろうかとも、崇史は思う。だから言いきる。 「──……お前がそこまで言うなら描かない」 そして黎生の手を掴んだ。 「そうすれば、あの夜約束した従順とやらをしめせるだろうか」 黎生は驚いたように顔を上げ、崇史をじっと見る。それから思いきり吹きだした。 「……あははは……! うれしい……でも……そこまでしなくていいよ。あんなにひどいことをされても、崇史がやりたいって思うことなんだから、大切にしてほしい」 「いいのか」 「うん。今回のことで、崇史も俺のことをちゃんと大事に想ってくれてるって実感できたんだ。嫉妬なんてする必要がない」 はにかむ黎生は可愛かった。崇史にとっては壊したくなるくらいに可愛い。だから抱きしめる。 突然すぎたのか、黎生は腕のなかで小さくびくつく。 「俺は、感情を表現するのが、うまくはない」 密接を緩めると、黎生は「知ってる」と返事をする。 「……教えてもらったばかりだからだ。母親といたときは、たしかに、辱められることも、痛いことも知らなかったが、そのかわりになにもなかった」 子どもの存在を隠すため、閉じこめられて生きていた。 二畳のロフトに。 白い壁、マットレスとブランケットと、枕代わりのクッション、それだけしかなかった。 風呂とトイレは使えたし、たまにリビングに出してもらえることもあったが、基本的には真っ白な世界で崇史の日々は完結していた。 「イヤだと思うことも、悲しいこともないが、特に楽しいこともない」 崇史の体温に擦り寄って、黎生は耳を傾けてくれている。 「俺に明確な『こころ』というものが生まれたのは、黎生の父親に捕まったときだろう」 「ふふ。それが崇史の自我のめざめなんだ……」 「最初は、痛い、苦しい、やめてくれと思った。それから、気持ちいい、うれしい、が、わかった。心地よい、もだ」 学んだ感情を指を折ってひとつずつ数えていく。今回の出来事では、腹が立つということも学んだ気がする。黎生と目があった。 「お前はかわいい」 数えるのをやめて、額にキスをする。 「愛おしい、も、わかった」 撫でてやると黎生の頬はゆるみ、ほのかに朱に染まる。そういった反応も好ましい。 「黎生が死ぬまで俺に自由はそれほどいらない。お前に束縛されるのは平気だ、不快ではない」 ひょっとしたら崇史の一日は黎生の数日に当たるのかもしれない。猛然とした速度で生命を燃やしていくから、灯火が消えてしまったあと後悔しないように、そばにいたい。 黎生のようにはうまく表情を浮かべられないが、目を細めて、崇史は告げた。 「お前と想い出というものをつくりたい」 「崇史……」 黎生は目を見開いてから、いまにも泣きだしそうな顔になり、次はそれを掻き消すように微笑って、頷いてくれた。 「ありがとう。俺も……俺も崇史とつくりたいよ」 「たくさん、キスをする」 「うん、俺もしたい」 「抱きあう」 「うん」 「黎生を描く」 「どうぞ」 やりとりになんだか、自然に崇史も微笑ってしまった。 今度はちゃんと唇にキスをする。抱きあいながらずるずるシーツに沈んでいく。 崇史は気づく、先程まで滅入っていた気分は、いまはもう軽くなっていることに……黎生と話してこんなにすっきりできるなら、早く病院に行けばよかったと気づき、改めて謝った。 「……お見舞いに行かなくて、悪かった」 「本当だよ。崇史は俺のモノなのに、俺のところに来ないなんてひどい……」 「これからはひとりで、もやもやしないように心がける」 黎生は崇史の太腿を撫でてきて、指先の動きは性的で、バスローブをめくろうとした。崇史はその手を掴んで押しとどめる。 「だめだ、黎生」 これ以上の戯れは、黎生の身体に障る気がした。 「退院したばかりだろう」 「ずっとしてないんだよ、がまんできない」 抱きあって口づけを愉しんだだけなのに、黎生は発情を覚えているらしい。崇史だってもっと触れたいし、実のところ激しく犯してもみたかったが、黎生のためなら堪えられる。 「俺の持ち主なら、俺のいうことを聞け」 「なにそれ」 黎生は拗ね顔になってシーツを叩いた。 「崇史は主従のルールをわかってない、飼い主をばかにしないで」 「ばかにしてない」 「たしかに、崇史の性癖はエスなのかもしれないけど、そんなことを言う性玩具はいないよ」 「では、俺は、世界ではじめてのそういう性玩具だ」 「なにそれ!」と、また黎生は不満気な声を上げた。 崇史は黎生をいなす。 「とにかく、今日は大人しく……」 「明日死んじゃうかもしれないんだよ」 「そんなことを言いだしたら、きりがない、俺も死ぬかもしれない」 「だから、生きているうちにしよう?」 「おい……」 バスローブの裾を引っ張られ、崇史は陥落していく。 本当にいいのかと感じながらも、黎生に惹かれるまま覆いかぶさってしまう。黎生は確信犯の笑みを浮かべた。 「……家政婦さんにも、今日は崇史のところに泊まるって言ってきたの。だから帰らない……」 舌先を絡め、いつしか、おたがいの身体を撫であっている。 不覚にも、低体温の黎生の冷たい手は、風呂上がりの身体に心地良かった。きちんと食事を摂っても黎生は不健康で細くて、エネルギーは何処に消えていくのか、崇史はずっと不思議に感じている。こびりついて消えない、ブラックホールのような死の影が喰っているのだろうか。 黎生の下腹部は早くも反応し、固くなりつつある。 しかし、いまさら気にしたように尋ねられもした。 「ほんとうは、今日はもう疲れてる……?」 崇史は「いや」と、否定する。 「黎生は別腹だ」 ふたたびのキスを堪能してから、崇史は首を傾げた。 「ちがうな……黎生がメインで、ほかが別腹ということか」 別腹というと黎生がおまけになってしまう気がして、それは嫌だ。 黎生は崇史の言いたかったことを、要約して代弁してくれた。 「崇史にとって、俺は特別って言いたいんだよね?」 「そうだ……そうなのだ」 そう言いたかったのだと崇史は納得した。黎生のシャツを脱がせて乳首に口をつける。舐めまわすと黎生は鳴く。 「あっ……、あぁ……うれしい……」 ひさしぶりに聞く、感じている細い声。崇史の舌の蠢きにあわせて内腿を擦りあわせたりもする。 そして黎生は自らズボンを脱ぎ捨ててしまった、下着ごと。 崇史は胸元を舌で慰めつつも、あらわな股間を撫でまわす。 充溢しきった裏筋を指先で辿ってやれば、黎生は著しく震えた。 「も……うっ……じらさ、ないで……」 染めた頬で、崇史を睨んでもくる。 「ちゃんと、しごいて」 崇史は唇を離し、請われるがまま性器に触れてみる。 掴んで扱きだせば、水音はすぐに漏れだした。黎生の尖端から分泌される先走りの蜜の音だ。擦られるのに合わせ、ときどき吐息を漏らして震える黎生のありさまも崇史にとっては愛らしい。 ある瞬間に、黎生は崇史の手に触れて動作を止めようとする──…… 「……あ、やっぱり、もう、だめ……いっちゃいそうになるから……」 ずいぶんと早いのは、病室で禁欲生活を送っていたからだろう。 崇史は扱くのを止めない。 「一度出して、また出せばいい」 今夜はやめておくべきと進言した崇史はもう何処にもいない、黎生が煽情的に惹きつけてくるせいだ。黎生の肉茎にしゃぶりつく。 黎生は耐えられないといった悲鳴を上げ、崇史の頭を押さえた。 「……あぁあ、あ、あぁ──……! いくっ……、……いっちゃう……たか……ふみ……!」 黎生は達する、弓なりに背中を反らして。崇史の口のなかに溢れる味は濃い。本当にひさしぶりの射精に違いない。 (……かわいそうだ) 崇史は、窄めた口で扱く速度をだんだんとスローにしていき、やがて停止させた。 (……たくさん、悦くしてやらなければいけない) 身を起こし、視線を感じながらごくりと喉を動かす。黎生はぐったりと寝そべりながら、薄目で尋ねてきた。 「美、味……しい……?」 「あぁ」 黎生は満足げに瞼を閉じ、崇史は立ちあがる。クローゼットにローションを取りに行く。 其処はたくさんの性具の宝庫となっていて、純粋に快感だけを与えるものから、拷問具まで多種多様に揃えられている。大人たちが勝手に持ってきたものもあれば、崇史が自作したものもあった。 床に置いたままの炭酸水をあやうく倒しそうになりながら、崇史はシーツに帰還する。黎生は気だるげに身を起こす。 「ねぇ、俺も崇史の、しゃぶりたい……」 黎生によってバスローブの紐を抜かれ、前をはだけさせられながら、良からぬことも考える崇史だった。 (後ろ手に縛りたい、瓶も突っこんでしまおうか、だが……病みあがりだから、やめておこう) 黎生は咥えこもうとした挙動を止め、怪訝な瞳をする。 「……いま、ヘンなこと考えたでしょ……」 「どうしてわかる」 「悪い目をしたから」 「…………」 「もうっ、いやらしいんだから」 呆れたように黎生は肩をすくめ、それから貪りついてくれる。 ちろちろと蠢く舌先が、崇史の快楽を引きだしていく。 誰にされるよりも黎生にされる口淫がいちばん気持ちいい。 崇史は黎生の髪を撫でたり、背中を撫でたりしながら、肉茎を屹立させていく。舌に残る黎生の精液の後味も、崇史を心地よい気分にさせている。 口いっぱいに膨らんだ性器を、涎とともに黎生は吐きだした。 「ん……ふ、……おお、きく、なった……」 遠慮なく喉に突っこんで抉って泣かせてしまいたい気持ちを今夜は抑えながら、崇史は優しく黎生の頬に触れる。 「無理するな」 「無理しなきゃ、咥えられないもん、たかふみの……」 そのまま69の体勢になって、黎生の尻孔を指の腹で開き、舌を這わせた。敏感な入り口を舐めてやれば、黎生は悶えて大きく震える。 「……やぁあぁっ……、きもちいぃ、よぉ……」 しまいには崇史の肉茎を手放し、びくびくと震えながら喘ぎだす。 崇史は窄まりから舌を離すと、ローションの瓶を取った。それを塗りつけた瞬間、黎生はさらに劇的に身震いしてくれる。 崇史は両手を使って大雑把にぬめりを広げたあとで、指先を使って繊細な襞を広げ、ゆっくりと中指を沈めていった。耐えきれないのか、黎生はもはや、枕に頬を擦りつける始末だ。与える刺激のひとつひとつに普段より過敏な反応を示してくれる。 鳴き声は艶やかさを増す。 「……ッ、はっ……やぁ、あぁあ……、ンん……!」 掻き混ぜて、人差し指を添えてみても、黎生は痛がらない。 二本の指で撹拌され、嬉しそうに崇史の指を飲みこみ、叫ぶ。 「あぁあぁあ──……っ……!」 すぐに三本もの指も受け入れてしまう。 黎生の性器は半勃起のままだったが、お漏らしのように透明な分泌液を漏らしつづけ、蜂蜜のように零れるばかりだ。 発情しきった姿や、貪欲に指を咥えたがる尻孔をさらけだしていることに、いまさら黎生はひどく羞恥を覚えてしまったのか、頬を染めて駄々っ子のように首を振った。 「はずかしい……見ないで……ぇ……」 見て欲しいくせに、嬉しいくせにと、崇史は唇を歪める。 辱められることが黎生の悦びだ。 プライドが高くて素直に被虐を受け入れられないだけだ。 すべての指を抜き、崇史は自らの怒張を握り、問いかけた。 「いいか」 蹲った黎生からは、消え入りそうな声で「うん……」と返ってくる。崇史は肉付きのない痩せた臀部を撫でて、肌触りを堪能したあとで、尖端をあてがう。 粘膜を裂くように割り開いていけば、黎生の呻きが漏れる。 「……ん……うっ、あ……、あぁ……、あ……」 ゆっくりと隘路を進んで、すべてを埋めこんだあとは、しばらくそのままの体勢を維持した。 黎生に馴染むのを待つ。 貫かれ、まるで罪人のように縮こまった背中を眺めるのも、崇史には愉悦でしかない。黎生の咽び顔を観察できる正常位も好きだが、後ろから犯すのも征服欲が満たされるので好きだ。 ふうっと息を吐いた崇史は、腰を引き、すぐにまた奥まで埋める。 それをきっかけに抽送をはじめると、黎生はさっそく悶える。 「……うぁ、あ……──! あッ、あっ、あぁあ……っ……!!」 溺れるようにシーツを掻きむしる、崇史よりも細く小さな手。 崇史は抜き差ししつつも、尻を平手打ってみる。 鮮やかな音と嘆きが響いた。 「ひ、ッ、やぁあ!」 崇史はほくそ笑む。瞳に闇を躍らせる。 「お前はこうされるのが、いいん……だろう……」 もう一度叩く。黎生は嬌声とも悲鳴ともつかない声を上げる。 「いたぁいっ、た、かふみ……!」 「いいかげん……認めるのだ……お前は、マゾヒストだ──……」 何度も叩いた。白い肌は薔薇色に染まるばかりで、鳴き声は素晴らしく響き、崇史を狂わせていく。 「マゾのくせに……俺を、飼いならして、愉しいか……」 昂ぶる熱のままに打ち続けた崇史は、興奮で肩を震わせた。 結合は解け、黎生は半泣きの表情で崇史に縋りつく。 「ごめんなさ……い……!! 崇史を囲って、いつも従わせて、おじさまたちにも貸しだしたりして、ごめんなさいっ……!!!」 こんな黎生を眺め、悦んでいる崇史がいる。黎生も興奮しているのは明白だ……罪の意識に酔いしれることで勃起も維持している。 崇史は意識して冷酷な視線を作り、見下ろした。 「お前は歪んでいる」 宣告すると、黎生の表情はさらに泣きそうになって、好い顔を見せてくれたことに対し、崇史はまた愉悦を覚える。 「とんでもない変態だ」 「ごめ、ん、なさ、ごめんなさい……!!」 「……ふっ」 シーツに額を擦りつけて土下座する姿に、崇史はついに吹きだしてしまう。涙目でいる黎生の手首を掴んで身を起こさせ、その手の甲に忠誠を誓うキスを与えた。 「病みあがりなのに、つい、いじめすぎた」 「ううん、ほんとのことだ、もん……」 悲しげな顔で、黎生はうつむく。 崇史は、そんな黎生の髪を撫でる。 (……かわいいやつだ……) 酷くしたくなったかと思えば、今度はどろどろに甘やかしてしまいたくなる。崇史は、自分だってひどく歪んでいると自覚している。 黎生を抱きしめ、ふたりで倒れこみながら、改めて想いを囁いた。 「お前は、ずっと俺を所有物にしていればいい……」 「崇史……」 潤んだ瞳はじっと崇史を見つめ、口づけてくる。そして黎生も告げてくれる。 「俺だって……離さないよ、死んでも離さない、崇史のこと……ずっとずっとだいじにする……パパにもらった、俺の玩具……きれいなお人形……!」 「お前のほうが、きれいだ……」 「そんなこと、な、いよ……!!」 黎生は身を起こし、自分から崇史に跨ってきた。当てがって飲みこみ、腰を沈めて受け入れる。最奥まで飲みこむと、黎生はうっとりとため息を零し、恍惚の表情で踊りだす。 抜き差しを始める黎生に合わせて、崇史も腰をくねらせ、律動を増幅させた。直接的な気持ちよさと、酔いしれる黎生を鑑賞する視覚的な悦楽が混ざりあってとても悦い。 いつしか、崇史と黎生は両手を繋ぎ、指先までも絡めている。 手のこんだプレイで遊んでいても、こうして身体だけを交えて遊んでいても、快楽はとめどなく、飽きることはない。 寝室に漂う乱れた呼吸、喘ぎ──…… いくつかの体位で楽しんでから、黎生の両脚を抱えて打ちこみつつ、崇史は告げた。 「……そろそろ、いきそうだ」 黎生はこくんと頷く。 「なかにちょうだい……欲しい……、崇史の……」 「あぁ……」 腰つきを止めないまま、黎生の性器を弄りまわす。 黎生はいまも、とろとろ透明な蜜を垂らし続けている。 「……俺もいき……そう……、お尻で、いっ、ちゃう……」 「黎生──……」 押し寄せる快楽に、崇史は耐えられずに顔をしかめる。 握りしめている黎生の肉茎から白濁が溢れだしたのと、崇史が達したのはほとんど同時だった。 崇史の鼓膜に響きわたる嬌声。 「あぁあぁあっ……、いく……、いってるっ、たか……ふみ……!!」 おなじ悦楽に辿りつき、充溢を引き抜いた崇史は、黎生のとなりに倒れこむ。 いつも冷たい黎生の肌も、こんなときばかりは熱い。 崇史は瞼を閉じ、そばで響く鼓動に耳を傾ける。 (心臓の音がする) いつまでも聞いていたい。 (まだ止まらないでくれ) 快楽の余韻と祈りとが混ざりあう。 祈りはきっと届かない…… 黎生の寿命は多く残されていない、そのことを真に理解したとき、生まれてはじめて涙が伝った。 あの真っ白で小さな世界から連れ出されて感情も景色も知らなければ、こんな哀しさも切なさも覚えることはなかったのだろう。 「まだ、もっと……黎生と、過ごしたいのだ……」 心のなかで呟いたのか、実際に唇に乗せたのか、眠りに誘われていく意識ではあやふやだ。 夢なのか現なのか分からないところで、黎生に囁かれる。 「残念だけれど、永遠なんてないよ、崇史……」 髪を撫でられた気がした。 「だけど……俺の気持ちは、心は、崇史にあずけていくからね」 目の前には薄闇と、ひとすじの光が差しこむ水面がある。 裸身の黎生は腰まで浸かり、崇史に手を差し伸べてきた。 「俺がいなくなっても……俺の残り香は崇史と生きていくんだ」 崇史はその手を取る。黎生は微笑む。無邪気さと妖しさの混ざりあった、黎生らしい笑みだ。 「想い出が、崇史の人生を照らす灯りになればいいな」 抱きしめた瞬間に消えてしまった。 そのことに驚かない崇史がいる。 黎生という生きものは木漏れ日にさえも溶けてしまいそうな、霧散しそうな、あまりにも儚すぎる存在だからだ。 ──……愛してるよ、ありがとう……── 声は胸の奥で反響する。後にはかすかな薔薇の香りだけ残った。 |